高橋ユキ【悪女の履歴書】

社会人2年目の夏、“模範的”銀行OLが捧げた150万円と処女の意味【足利銀行2億円横領事件・前編】

2019/07/06 19:00
高橋ユキ

世間を戦慄させた事件の犯人は女だった――。平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。自己愛、欲望、嫉妬、劣等感――罪に飲み込まれた闇をあぶり出す。

Wikipedia「足利銀行」より

[第3回]足利銀行二億円横領事件

 お盆直前の8月12日、大竹章子(21)は地元栃木の小山駅で同僚の女友達と待ち合わせた。少し早く取れた休みを利用して東北に行こうと、前から計画していたのだ。仙台行きの急行「松島4号」に乗り込み、窓側に座った友人の隣に座る。若い女性たちの、平和で楽しい思い出の一つとなるはずの旅行だった。

「君たち学生?」

 ところが郡山駅を過ぎた頃に、通路を挟んで隣に座っていた見知らぬ男が話しかけてくる。ダークブラウンの背広が良く似合うその男は、二人にジュースをご馳走し、軽妙なトークを繰り広げてきた。窓の外ばかり見て拒絶を示す女友達とは対照的に、章子には仙台までの2時間があっという間に感じられた。

 仙台駅での別れ際、章子は男に求められ、女友達には気づかれぬよう、自分の泊まる旅館の電話番号を書いたメモを渡す。昭和48年のことだ。彼女は、この日の出会いをしばらく運命だと思っていたことだろう。だがそれは、終わりの始まりだったのである。


真面目で聡明な銀行OL、社会人2年目の夏

 章子は昭和28年、栃木県栃木市の郊外に生まれた。農業の傍ら、ビール用原料麦の運送業を営んでいる両親は、毎日仕事に精を出す働き者だった。姉と弟の三人きょうだい。骨太で丸い顔をした章子は、幼い頃から聡明な子で近所でも評判だったという。

 家の手伝いも嫌な顔一つせずこなし、特にトイレは念入りに掃除をした。母親が「もうやめといたら」と止めるほどであったが、「母ちゃんは黙って座ってればいいんだよ、私が好きでやってんだから」。こう答え、また掃除に精を出すのであった。

 やがて進んだ県立栃木商業高校ではテニス部のリーダーを務め、成績は常にトップクラス。悪い時でも20番と下がったことはなかった。学校長推薦で46年4月、卒業と同時に足利銀行栃木支店に入行。貸付係に配属された。堅実な両親のもとに生まれ育った章子の働きぶりは真面目で、無遅刻無欠勤、明るくてきぱきと仕事をこなす典型的、模範的な“銀行OL”だった。

 社会人になって2年目の夏。女友達と仙台へ旅行に出かけ、目的地である仙台の宿に着くと、特急「松島4号」で出会った男から電話があった。

「宿に着いてから、男から電話があって大竹さんが出ました。なぜ宿のことがわかったのか、私にはわかりません……。翌晩もまた電話があって、私はいくらなんでも知らない人と2回も続けて会うのは嫌だったので断ったら、大竹さんは『せっかく誘ってくれたのに、行かなきゃ悪いわ』と言って、1人で出かけていきました。帰ってきたのは1時間くらいしてからです。仙台の街を案内してもらった、と言っていました」(同行した女友達)


 このとき、章子は男の宿泊する部屋に呼び寄せられ、キスをした。働き者の家族のもとで暖かく育った真面目な章子は、これまで恋愛とは無縁だった。

 几帳面な性格から日記をつけるのが習慣だった章子は、この出来事も、それからの話も全て、日記に記している。

「旅館の電話番号を書いたメモを覚えていてくれて、電話をかけてきてくれた。約束を守るスマートな都会人っていう感じ。
 夜7時、誘われた。Kさん(友人)は相変わらず行きたくないと言う。でも好意は素直に受けるべきだと思う。彼女、私と石村さんが仲良くなるのを嫉妬しているのかもしれない。食事が済んだら宿にまっすぐ帰ると言う約束でKさんを納得させた……」
「翌日、彼からまた電話がかかってきた。彼女が入浴中だったので『散歩に出てくる』と簡単にメモを書き残して、1人で出かけることにした。11時帰宿。Kさんは寝ていた」(章子の日記)

 男は二人に自らを「石村」と名乗っていた。だが、それが偽名だと知らない章子は、旅で出会った年上の都会的な男性に、一気にのめり込む。そのためか、石村がわずかな逢瀬の合間に告げた驚くべき話を、章子は信じ込んでしまったのである。

仙台・松島 宮城mini ’20