[連載]マンガ・日本メイ作劇場第25回

『毎日逢いたい』が描く、「男は女に寛容」という罪深き理想

2012/08/31 16:00
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『毎日逢いたい!』(牧村久実、講談社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 最近ちまたでは、嫁の作ったまずい飯を食べ続けることで、愛情を示さなければならない夫たちがいるようである。ネットでその報告を読んでいると、夫の書き込み自体が創作なんじゃないかと思えてくるほど、嫁の料理は奇想天外である。でもまあ嫁に家事やらせるつもりなら、最初っから見極めておくべきであり、それができなかったのは、ひとえに自分が料理をしないからだろってことで、どうにもこうにも彼らに同情の余地はあんまりない。

 しかし『毎日逢いたい』(講談社)の晶は、かなりかわいそうな男子である。彼は高校生ながら、日本中の誰もが知ってる、いわば尾田栄一郎バリの人気マンガ家だ。そこへ、なんかモヤモヤして家出をしてきた有夏が、ひょんなことから晶の家の家政婦をすることになる。晶は売れっ子なので超金持ちでしかもイケメン。もちろん有夏にあてがわれた恋愛相手だ。つまり“毎日逢いたい”のは晶と有夏。こうして「高校生同士なのに当たり前のように同棲」というお膳立てができあがり、晶は「家政婦募集」という張り紙を出してまっとうな家政婦を欲しがったのに、「まずい飯」以上の苦行に耐えることとなった。

 有夏が家政婦を始めて数日後、軽微なトラブルで、大事な大事な晶のマンガ原稿を、有夏が編集部まで持って行くことになる。さてここで注意が必要だ。少女マンガで、主人公が誰かの原稿を所持するということは、その原稿は必ずどこかへ行ってしまう、ということなのだ。要はポロッと紛失するんである。

 有夏が家を出る前に、晶に「ぜったいに手から放すな」「封も開けるな」と、きつーく言われたにも関わらずである。これはダチョウ倶楽部への前フリと同等だと思ってかまわない。で、電車乗って乗り換えて、気付いたら、ない。いったい原稿はどこへ行ったのか、あれほど言われたのなら網棚にも置かないだろうし、ガチで謎である。まあ、そこは「主人公が原稿を持ったらそれはなくなるもの」という定義があるんだと思って納得するしかない。

 そして、しょんぼり帰ってくる有夏。タイプした原稿と違って、なくしたら決して元に戻せないのがマンガのアナログ原稿。しかし晶は、そんな大損害を与えた有夏に対して、頭がどうかしてるんじゃないかと思うくらい寛容なのである。まるで嫁のまずい飯にひたすら耐え続ける良夫のごとし。まあね、少女マンガのトラブルは、「いかに男が寛容か」を証明するためのものだから、うっかり怒ったり暴れたり出来ないのがヒーローの辛いところなのですが。


 初っぱなからこんな大事件が打ち上げられたかと思えば(大して信頼関係も築かないうちにいい度胸だね)、そのうち晶は、「マンガ家を辞める」とか言い出す。こんなに売れっ子で、アシスタントを何人も抱えている大御所が、いったいなぜ……? と思うと、その理由は「有夏ともっと一緒にいたいから」。お前は冨樫義博か。よくわからない理由で有夏が原稿をなくしたかと思えば、今度は晶がよくわからない理由で漫画家を辞めるとか言い出す。あなたたち、ホントお似合いです。

 そしてクライマックス、事故に遭って利き腕が動かせない晶を見かねて、有夏は晶の元カノを連れてくる。えっなんで? 実は元カノは元マンガ家志望だったのだそうだ。彼女に晶の漫画の代筆をさせようってんである。

 いや、あの、有夏さん。晶さんちには3人ほど専属のアシスタントがいるのですが……。筆を折って何年も経った女よりも、実際にデビューもしちゃってる有能アシスタントさんたちの方がよっぽど使えると思いますが、いかがでしょうか。

 とまあ、なんとなく話を盛り上げるために、なんだかよくわからない理由で話が進む物語ではありますが、有夏がなくした漫画原稿は後々別の事件で活用されるし、有夏のために用意されたかと思っていたアシスタントイケメン3人衆は、晶といちゃいちゃしてBLファンへのサービスとして使われたりして、なんだかんだいろいろ回収しているのである。おあとがよろしいようで。

■メイ作判定
迷作:名作=8:2


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和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。女性向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。

最終更新:2014/04/01 11:31
『毎日逢いたい! 1』
だから少女マンガが育った女は、現実の男の許容のなさに驚く