【連載】堀江宏樹に聞く! 日本の“アウト”皇室史!!

Netflixドラマ『ザ・クラウン』よりも非情な王室! 本当にあった「親類見殺し」の過去を紐解く

2023/03/11 17:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

王族の人生は時と場合によってハードモードに

――それにしても、日本でありがちな妃殿下に責任のすべてを押し付ける考え方って外国でも強いんですね……。

堀江 そうですね。ジョージ5世は、親戚であるアレクサンドラ、そして仲がよかったはずの「ニッキー」の死に何を感じたのでしょうか。心情を克明に伝える記録は例によって、ありませんが。

 1917年当時は、第一次世界大戦の末期にあたり、イギリス・フランス・ロシアは「協商国」として友好的関係にありました。私もふくめ、庶民は「政治」より「人情」でものを判断しがちな気がします。窮地の親戚を受け入れたほうが、いくら左派勢力が強くなった時代でも、王室の支持率はあがりそうな気はするのですが。

 ドラマでは、親族の女性が、乗り気のジョージ5世に「皇帝の受け入れはやめたほうがよい」とほのめかすようにした……という流れでしたが、史実ではジョージ5世の強い拒絶を、彼の家族も、政治家たちも覆すことができなかったようです。『ザ・クラウン』では、王政という「システム」を守るためなら、非情になることもいとわないエリザベス女王や、それに傷つく家族たちの姿が描かれていますが、そういうホームドラマ的な内容のさらに上をいく、つらい決断がちょうどエリザベス女王の祖父の時代には起こっていたんですね。逆にいうと、その時、エリザベスが女王という立場にあったのなら、彼女がそれを決断しなくてはならなかったかもしれない。

――やはり王族に生まれ、王族として生きていくことは、きれい事ではない苦労の連続なんですね。


堀江 特に国王ともなると、普通の神経の持ち主ではやっていけないでしょうね。なお、ドラマでは、革命勢力に惨殺されたロマノフ一家の遺骨が発見され、そのDNA鑑定に、エリザベス女王の夫であるフィリップ殿下が協力し、女王もロシアで行われたロマノフ一族の鎮魂式典に参加したという流れでした。史実でもその通りなのですが、なぜロマノフ一家の問題なのに、英女王や英王室のメンバーが出てくるのか? と思ったりしませんでしたか?

――まさかロマノフ一族は皆殺しだった……とかじゃないですよね?

堀江 そういうわけではなく、ロマノフ一族の末裔たちはアメリカ、イギリス、そしてスペインなどヨーロッパ各地に散らばっているのですが、大きく分けて3派に勢力が分散し、お互いを牽制しあっています。また、一族には発掘された遺骨のDNA鑑定に必要な血液などの提供を拒否する人もいたわけです。「エリツィン大統領の要請だかしらないが、彼が新生ロシアをアピールしたいから、過去への謝罪を形だけ行いたいといっている。その政治の道具になんかされたくない」という一念ですね。

 ロマノフ一族の、生々しい怨嗟と拒絶に対し、実際にDNA鑑定に血液を提供したフィリップ殿下は、ロシアで殺されたアレクサンドラ皇后の近い親戚にあたる存在ですから、若干、中立的な立場といえるんですね。

――だから、フィリップ殿下の血液がDNA鑑定に使われ、その妻で英女王のエリザベスが、ロマノフ皇帝一家の追悼儀式でもフィーチャーされたわけですね。


堀江 ジョージ5世は、アレクサンドラ皇后の妹で自分のいとこでもあるバッテンベルグ家(当時の名称)のヴィクトリアという女性に手紙を書いて、「親愛なるヴィクトリア、あなたの愛する妹とそのいたいけな子供たちが悲惨な最期を遂げたことについて(略)心痛の思いでいっぱいです(略)」などと言っているのですが、殺された妹・アレクサンドラの気持ちを考えると、「愛する夫ニッキー(=ニコライ2世)が死んだ後も自分だけ生き残ることは決して望みはしなかったであろう」とか「そして美しい娘たち」も、たとえ家族と共にその場で殺されていなかったとしても、その後では「死を選んだほうがましだと思ったに違いありません」ということなのでしょう。

――ジョージ5世は自らの強い意思で、彼らを見殺しにしたのではないですか(苦笑)。それは伝えたり謝ったりしないんですね。

堀江 そうです。都合いいなぁと思いますよね。『ザ・クラウン』では君主は、とくに大事なことに関しては曖昧なメッセージしか発せられないということになっていますが、それを地でいく感じで、王族の人生は時と場合によって、本当にハードモードになりうるし、そういう決断を迫られることのない庶民は本当に気楽でいいという話かもしれません。

 ニコライ2世夫妻の子供たちの中で、アナスタシア皇女だけは惨殺を生き延びていたのでは……という声はありました。すると「私はアナスタシアだ」と言い切る(詐欺師の)女性が現れたり、その自伝がハリウッド映画になったりもしましたけれど、本当はごく早い時点で、イギリス王室はロマノフ一家全員の死の情報を掴み、それを受け入れていたようですね。ただ、世間には知らないフリを続けていただけで……。

――本当はそんな背景があったのですね。ドラマでは描かれなかったウラ事情にこそ、英王室特有の秘密主義が垣間見えた気がします。

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2023/03/11 17:00
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