[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国人との「区別」、詐欺・セクハラ被害……映画『ファイター、北からの挑戦者』に映る “脱北者”の現実

2021/12/10 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

 近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし、作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『ファイター、北からの挑戦者』

韓国人との「区別」、詐欺・セクハラ被害……映画『ファイター、北からの挑戦者』に映る 脱北者の現実の画像1
(c) 2020 Haegrimm Pictures All Rights Reserved

 このコラムではこれまで、朝鮮民族受難の歴史を物語る「コリアン・ディアスポラ」についてたびたび言及してきた。日本による植民地統治とそこからの解放、直後の南北分断から朝鮮戦争へと続く激動の歴史の中で、自発的であれ強制的であれ、朝鮮半島から日本へ、中国へ、旧ソ連へと散らばっていき、それぞれの国で在日コリアン、中国朝鮮族、カレイスキー(高麗人)と呼ばれながらマイノリティーとして共同体を形成していった多くの人々を指す言葉である。(『ミッドナイト・ランナー』や『焼肉ドラゴン』を取り上げたコラムを参照)だがその中には、忘れてはならないもう一つの、現在進行形のディアスポラがある。今この瞬間にも命を懸けて中国との国境を越えているかもしれない「脱北者」だ。

 彼らは、政治的な弾圧や経済的な貧困、閉鎖的な社会体制への不満など、さまざまな理由で北朝鮮から脱出する。北朝鮮と韓国の軍事境界線は、多くの映画やドラマでも描かれている通り、対峙の緊張感が張り詰めていて越えることはほぼ不可能なため、脱北者は必然的に、まず中国へ渡ることになる。だが中国政府は彼らを亡命者や難民ではなく「違法入国者」と見なしており、捕まったら強制送還されてしまう(国際社会は、このような中国政府の態度を人権侵害だと批判している)ため、逮捕の不安と強制送還の恐怖にさいなまれながら、身を隠し、逃亡し続けなければならない。違法入国者である脱北者は、助けを求めるどころか、犯罪の被害に遭っても訴えることすらできないのだ。

 韓国では身の安全が保障されるものの、外交上韓国政府が直接介入することはあり得ないので、それまでは、いつ、どうなるかもわからないまま、自力で韓国を目指さなければならない。韓国の民間支援団体の助けを待つこともあれば、衝撃的な映像で世界に衝撃を与える「外国の大使館への駆け込み」のような命懸けの行動に出る者もいる。韓国入りできないまま、中国の国内を密かに逃げ回っている脱北者がどれほど多いか、数千人とも数万人ともいわれているが、その実態は明らかにされていない。労働搾取や女性への強制売春、虐待や餓死といった悲惨な目に遭っている人も多いという(映画『クロッシング』<キム・テギュン監督、08>は、こうした脱北の過程の苦難をリアルに描いて韓国社会を震撼させた)。

 限りなく険しく困難な道のりを経て、やっとの思いで韓国にたどり着いた脱北者たちを待ち受けているものとは何だろうか? 彼らが命の危険も顧みずに求めた自由や豊かさを、韓国で手に入れることはできるのだろうか? 今回のコラムでは、韓国でボクサーを目指す女性脱北者を描いた現在公開中の『ファイター、北からの挑戦者』(ユン・ジェホ監督、20)を取り上げ、北朝鮮とはまったく違う環境の中で必死に生きようとしている脱北者の現実について考えてみたい。


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