「子どももいるのでお願いです。助けてください!」示談金を押しつける万引き主婦の恐るべき執念
「もちろんわかっていたんですけど、その時には忘れちゃうんです。私、そういう病気なんです!」
どんな病気か気になりましたが、あえて尋ねることなく沈黙していると、すすり泣いていた女性が紙袋から菓子箱とお金が入っているらしい封筒を取り出しました。それをテーブルの上に重ね置くと、前方にスライドさせて私に差し向けてきます。
「お願いします! これを受け取っていただき、受領のサインだけください。もう二度と来ませんから。子どももいるのでお願いです。助けてください!」
「お気持ちはわかりますけど、私には、そんな権限ないんです。どうかお引き取りください」
「どうしてもダメですか?」
「ごめんなさい。個人的には助けてあげたいけど、立場もあるから勝手なことはできないの」
自分が裁かれる公判に備えて、裁判所などに提出するための示談書や宥恕文(ゆうじょぶん、被害者が加害者の行為を許すことを記した文章)を目当てに、謝罪を繰り返す人は初めてではありません。刑の軽減を目指して、こうした行動をとる人もいるのです。
弁護士や通院されている病院の先生に指示されている場合が多く、被疑者を病気に仕立てるような側面が垣間見えることもあって、その活動内容に疑問を覚えるケースもありました。仮に病気の影響で盗んだのだとしても、その真贋を判定できる術はなく、司法の判断に委ねるほかありません。送検後の和解は、検察官の忌み嫌うところでもあり、そう簡単にはできないのです。
「そうですか、わかりました」
しばし沈黙した後、そっとつぶやいた女性は、テーブルに出した封筒と菓子折りを紙袋に戻すと、深々と頭を下げて応接室を後にしました。本音を言えば、助けてあげたい。仕方のないことではありますが、ひどい意地悪をしてしまったような気持ちになってしまい調子が上がらず、この日は捕捉のないまま一日を終えました。