【特集】「慰安婦」問題を考える第1回

今さら聞けない「慰安婦」問題の基本を研究者に聞く――なぜ何度も「謝罪」しているのに火種となるのか

2019/08/07 19:45
小島かほり

暴力を用いない強制連行とは

――借金漬けにするパターンというのは?

林氏 親に何百円、今でいう何十万~何百万円というお金を渡して娘を買う。たとえば、その娘を慰安所のある中国に連れて行く場合は、それなりの服を買う費用や交通費がかかる。それらのコストと業者の取り分を上乗せした金額で、慰安所の経営者に売り渡す。そうすると「おまえは何百円で買った」と言われて、返済のために働かされるわけです。

 親に金を渡すことなく、本人を騙して連れて行くパターンもあります。貧しい家の娘を、「食事の支度や裁縫など日本軍兵士の身の回りの世話をする仕事があり、食事も3食提供される」とそそのかして連れて行く。その場合も交通費などはかかるので、結局借金漬けにされる。ですから、詐欺といっても、実は人身売買だというケースが多い。

 否定派は「強制連行はなかった」といいますが(※2)、朝鮮半島から慰安所のある中国や東南アジアに連れて行くときに、腕を縛り、さるぐつわをはめて連れて行くというのは不可能です。移動だけで、何週間も何カ月もかかりますから。借金漬けにするか、1人では帰れない地点まで騙して連れて行くしかない。

――中国や東南アジアなどの、占領地の女性はどうでしょうか?


林氏 都市部には売春業があるので現地の仕組みを使って女性を集めることが可能ですが、農村部には売春業がないので、日本軍が自分たちで女性を集めることになります。中国や東南アジアで多いのは、軍が駐屯している村の村長らに「女性を用意しろ」と迫る。拒否すると自分の身が危ないので、彼らはなんとか女性を集めてくる。大体は「村のために」と集められた地元の女性や、周辺の村の女性ですね。また、中国では農村部に抗日勢力がいたので、ゲリラ討伐として男は殺し、女性は拉致して連れてくる。その場合は、トラックに押し込んだり引きずって連れてきたりと、暴力的な連行がありました。

 先に説明した通り、日本人「慰安婦」の中にはもともと売春に携わっていた女性が多いといわれていますが、 軍人の回想録や手記には「女性が『私は騙された』と話していた」といった記述がたくさんあります。ですから業者が騙して連れてきたケースが多々あったとみています。ただ、やはり数としては、植民地・占領地の女性が多かった。だから「慰安婦」をはじめとする日本軍の性暴力を考えるときは、朝鮮人はもちろん、中国・台湾・東南アジアの人のことを含めて考えるべきでしょう。

――確かに、「慰安婦」を韓国との問題と見ると、日本人「慰安婦」の前身である公娼制度の問題、セックスワーカーの人権問題など、いろんなものがこぼれ落ちてしまいます。

林氏 「慰安婦」制度というのは、日本軍が性暴力の仕組みを組織的に作り運営したということが一番の問題なのです。今は、日本と韓国の国家間の火種になっていますが、原点に戻って「女性の人権を踏みにじった問題」として考えるべきでしょう。

「慰安婦」問題の本質とは何か

――日本軍が「組織的に」慰安所を設置したというのが、国際的にも問題視されるポイントですね。


林氏 日本軍の場合は、陸軍海軍の中央部が仕組みを作った上で、現地では物資の補給などを管理する後方支援の部署が慰安所の設置と運営を行っています。後方支援担当ですから最前線ではなく、軍の支配が安定した都市部に慰安所を作る。すると前線にいる兵士は、「都市部にいる兵士は戦闘もせずに、慰安所で楽しんでる」と不満を募らせ、戦地で女性を拉致してきては集団で強姦し、監禁して慰安所のようなものを作っていく。要は軍が慰安所を設置したために、性暴力がどんどん促進されていく。そこが問題なのです。

――それを踏まえると、否定派のいう「慰安所にいる『慰安婦』は、多額の収入を得ていた売春婦だった」(※3)という主張は朝鮮人「慰安婦」のことだけで、中国農村部でレイプされたような人たちのことまで考えていないように思います。

林氏 否定派は、そういった人たちを「慰安婦」ではないと言っています。女性を強姦するような兵士がいたものの、それは兵士個人の行動で、日本軍とは関係ないという主張です。

 それと彼らの「売春婦」の理解の仕方にも、疑問があります。実はイギリス軍も19世紀に、慰安所に似た仕組みを持っていたんです。しかしイギリスの女性たちが1870年代に、売春を国家が公認することは女性に対する人権侵害であり、そうした女性は「奴隷」だと批判し、女性の参政権がないにもかからず、男性議員を巻き込んで、1880年代には制度を廃止させるのです。これが1870~80年代に起きたことは素晴らしいことです。

 否定派の人たちは、「慰安婦」は公娼制における売春婦で性奴隷ではない、と主張するけれども、19世紀のイギリスでは「公娼制度自体が性奴隷」という考え方が多数派なんです。ところが日本では現代でも、セックスワーカーは粗雑に扱われますし、父親による娘への性的虐待・近親強姦が無罪にされる事件があります。男の性欲を満たすために女性の人権が踏みにじられていること自体が問題なんです。その認識が、「慰安婦」問題と結びついている。そのことに気づいてほしいですね。

※2 否定派の論客が多く名を連ねる「歴史事実委員会」は、2007年6月14日に米紙「ワシントン・ポスト」に「The Facts」(事実)と題した意見広告を出しており、これが否定派の主張のひな型となっている。その中の「事実1」では、「日本陸軍により女性たちが自らの意思に反して売春を強いられたことを積極的に示す歴史的文書は、これまで歴史家や調査機関によってひとつも発見されていない」としている。また、07年3月には参議院予算委員会で、安倍首相が「官憲が家に押し入っていって人を人さらいのごとく連れていくという、そういう強制性はなかった」と発言している。

※3 「The Facts」の「事実5」では、「日本陸軍に配置された『慰安婦』は、一般に報告されているような『性奴隷』ではなかった」「彼女たちは、当時世界中どこでもありふれていた公娼制度の下で働いていた」「将官がもらうよりはるかに多額の収入を得ていた」と主張している。しかし、当時の占領地が極端なインフレになっていたこと、業者が食費などを「慰安婦」に請求しており、彼女たちが生活に困窮していたことが、研究や資料から明らかになっている。

日本軍「慰安婦」問題の核心