完璧を目指さず、迷惑前提の子育てを! 違う形で他人の迷惑を引き受ければいい
男女雇用機会均等法が施行された1986(昭和61)年に長男を産んだ歌手のアグネス・チャン(最近では日本ユニセフ協会大使としてのほうが有名だろう)が、翌年から子連れでテレビ収録や講演に行くようになることがメディアで取り上げられるようになった。
コラムニスト・中野翠が「サンデー毎日」(毎日新聞社)でアグネスに対する批判を書き、彼女の友人であった作家の林真理子が「いい加減にしてよ、アグネス」と「文藝春秋」(文藝春秋)に書き、「大人の世界に子供を連れてくるな」「プロ意識が足りない」などとアグネスを批判した。
これに対して、社会学者の上野千鶴子が「朝日新聞」紙上で、「働く母親の背中には必ず子供がいるもの」としてアグネスを擁護、ほかにも擁護派や反対派がさまざまなメディアで2年もの間、論戦を繰り広げた。1988年には「アグネス論争」という言葉が新語・流行語大賞を受賞するほど、この問題は日本中で話題になっていたのだ。興味があれば『「アグネス論争」を読む』(JICC出版局)、『“子連れ出勤”を考える』(アグネス・チャン+原ひろ子、岩波書店)などに詳しいので読んでみてほしい。
林真理子はアグネス論争当時は未婚だったが、90年に結婚し、99年に女児を出産した。アグネス論争の経験からベビーシッターを雇って、子供は仕事の場に連れてこず、子供についてもほとんど公の場で語らなかった。彼女自身もまた、この論争で大きな課題を負ったのだと思う。
アグネス論争から25年以上たつのに、いまだに子連れや子育てについての論争が絶えないというのは、残念だなと思う。当時も今も「子育てに対する女同士の論争」「女の敵は女」という論調になりがちなのだが、そもそも、「子育ては母親だけがするべき」というわけでもないのに、「働きながら子育てをして子供にも申し訳ない」と思う母親は多い。
しかし最近では、「共働き家庭の方が、それ以外の家庭よりも、自分の母親を尊敬する子供が多く、自分が親から愛されていると思う子供が多い」という調査結果もある(内閣府「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」2013年から、舞田敏彦氏が作成したデータより)。このように子供自身は、働く母親に好意的でもあるのだ。私も学生などと接していて、「小さい時は少し寂しかったけど、大きくなると働く母親はいろいろな場面で相談相手として頼りになるので、働いていてくれてよかった」といった話を聞くことも多い。
もう1つ、「子育てで周りに迷惑をかけまい」と思わされることも、日本の母親の大変な点だが、「周りに迷惑をかけても」いいではないか。子育てで楽をしたり、周りに迷惑をかけたっていい。人生はなんらかの形で人に迷惑をかける時期がある。その代わりに、自分も他人に迷惑をかけられるのを受け止めればいい。
「人に迷惑をかけない人になるように」と子供を教育するのは日本だけだともいうが、一方では日本には「お互い様」という言葉もある。お互いに迷惑を掛け合って、なんとか生きていけばいいと思うのだ。
深澤真紀(ふかさわ・まき)
1967年、東京生まれ。コラムニスト・淑徳大学客員教授。2006年に「草食男子」や「肉食女子」を命名、「草食男子」は2009年流行語大賞トップテンを受賞。雑誌やウェブ媒体での連載のほか、情報番組『とくダネ!』(フジテレビ系)の水曜コメンテーターも務める。近著に『ダメをみがく:“女子”の呪いを解く方法』(津村記久子との共著、紀伊國屋書店)、『日本の女は、100年たっても面白い。』(ベストセラーズ)など。