深澤真紀の「うまないうーまん」第11回

遺伝子にこだわる向井亜紀と、姓を残したい野田聖子。不妊治療で浮き彫りになる法の難しさ

2014/02/22 16:00
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イラスト:小野ほりでい

 これまで、大沢樹生・喜多嶋舞元夫妻の子供のDNA鑑定問題や、ドラマ『明日、ママがいない』(日本テレビ系)の養護施設問題から、「親子にとって血縁は重要か」ということについて考えてきた。「親子の血縁」に関しては、もう1つ「不妊治療」という問題がある。格闘家・高田延彦とタレント・向井亜紀夫妻、そして政治家・野田聖子のケースから、この問題を見ていこう。

 1994年に高田と結婚した向井は、2000年に妊娠と同時に子宮頸がんが発覚したことで出産をあきらめて、子宮の全摘手術を受けた。「高田の優秀な遺伝子を残したい」と願った向井は、02年に代理母出産のためにアメリカへ渡る。日本では、代理母出産は原則的に禁止されているからだ(長野の諏訪マタニティークリニックでは、独自に手がけている)。

 子宮は全摘していた向井だが、卵巣は残していたために自身の卵子(がんの放射線治療のため質が落ちていたというが、奇跡的に3つが採卵できた)を使って、高田の精子と体外受精させることができた。それをアメリカ人の代理母の胎内に移植したところ2つが着床し、03年に双子の男児が誕生した(『プロポーズ 私たちの子どもを産んでください』/マガジンハウス、『会いたかった』/幻冬舎の2冊の著書に詳しい)。

 つまりこの双子は、高田と向井の両方と血縁があり、出産したアメリカ人女性と子供たちの間には血縁はないわけである。そこで夫妻は自分たちの実子として日本での出生届を出したが、日本の法律では「分娩者が母親」となるために、向井を母親とは記載できずに不受理となる。夫妻は、出生届不受理決定を不服とし、そこから東京家裁(不受理)、東京高裁(受理)、最高裁(不受理)と戦い、アメリカの裁判所では高田・向井夫妻が実の両親と認められたものの、日本では07年に夫妻の敗訴が確定した (『家族未満』/小学館より)。結局08年に家族は特別養子縁組を認められることなったのだ。

 ここでの問題は、血縁上の親子であっても、日本では認められていない代理母が出産したために、実子として戸籍に記載できないということだ。東京高裁では「子供の福祉のため」「アメリカの裁判を承認すべき」と「受理」という判断をしているのだが、最高裁では「立法による速やかな対応が強く望まれる」としながらも、「不受理」とされてしまった。法律が医療に追いついていないのである。
 
 そして個人的に注目したのは、向井が「血縁のある子供が欲しい」というだけではなく、「高田の優秀な遺伝子を残したい」という欲望を明らかにしたことだ。実際に向井は、自身の卵子が使えない場合は提供卵子を使ってもいいから(つまり自分と血縁がなくてもいいから)、高田の遺伝子を残したいと考えたのである。高田も「自身の優秀な遺伝子」を残すことを望んでいたのだろうし、血縁だけではなく「優秀な遺伝子」という思想に苦しめられた向井自身の複雑な感情がうかがえる。

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