【特集:目黒事件から改めて虐待を考える】第5回

なぜ「虐待する親」「パートナーの虐待を止めない親」が生まれるのか、臨床心理士が心理状態を分析

2018/08/22 19:00

sugiyamatakashisensei 東京都・目黒区で5歳の船戸結愛ちゃんが、父親から日常的に暴力を振るわれ、十分な食事を与えられず衰弱して亡くなった事件。今回の特集では、結愛ちゃん事件のような凄惨な虐待事件が二度と起こらぬよう、虐待が起こる要因や予防策を探るために、5回にわたって専門家へのインタビューを掲載する。

 第5回は、神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授である臨床心理士・杉山崇氏に、虐待をする親の心理を聞いた。虐待死事件が報じられるたびに、加害者である親へのバッシングが吹き荒れるが、その親の心理をまず“知る”ことが、虐待根絶の足がかりとなるのではないだろうか。

【第1回】「加害者の半数は実母」「幼児より新生児の被害が圧倒的に多い」――児童虐待の事実をどのぐらい知っていますか?

【第2回】児童相談所の権限強化や警察との全件共有は、本当に救える命を増やすのだろうか?

【第3回】悲しいことに結愛ちゃんが書いた「ゆるして」は珍しくない……子どもへの暴力を認めている日本の現状


【第4回】虐待した保護者、虐待された子のその後は――? 児童相談所の「措置機能」を考える

 “脳内動物”のバランスが崩れたとき、虐待が生まれる

――今回は、わが子を虐待する親の心理についてお聞きしたいと思います。厚生労働省は「児童虐待の定義」として、児童虐待を「身体的虐待」「性的虐待」「ネグレクト」「心理的虐待」の4つに分類していますが、親側の心理状況もそれぞれ異なるのでしょうか?

杉山崇氏(以下、杉山) この4つは、子どもの健全な発育を阻害する種別として分けられており、虐待する親の心理状況と結びつけられているものではありません。特にネグレクトや心理的虐待は、親が意図的に行っているわけではないことが多いため、「これも虐待ですよ」と啓発するために分けられている側面もあるのでしょう。ただし、それぞれに心理状況が異なるであろうことは考えられます。

――どのような違いがあると考えられますか?

杉山 心の重要な神経基盤となる「脳」に着目して、たとえを用いながら説明します。人間の脳は、乳幼児の頃から、いくつかの段階を経て進化していきます。もともとは【衝動・欲求・本能】だけが行動原理だったものの、次に【好き嫌い・不安】によって物事を判断するようになり、さらに【他者への関心・社会性の発芽】、最後に【目的・戦略・抑制】といったマインドを持つようになります。この4つは、大人になっても人の脳に存在し、私はこれらをわかりやすいように、4匹の動物になぞらえ「本能と快楽に従うワニ」「好き嫌いが激しく寂しがり屋の馬」「人目や立場を気にする猿」「計画性や目的に取りつかれるヒト」と言っています。


 普段はこの4匹がバランスを保って、人間の脳に存在しているのですが、虐待を行うときは、その均衡が激しく崩れていると考えられます。子どもを性的対象として見る性的虐待の場合は、“ワニの脳”が優位な状態。子どもに興味を失くすネグレクトは、親としての立場を気にする“猿の脳”、親として「○○をしなければいけない」と考える“ヒトの脳”が欠落している状態と言えます。子どもを精神的に追い詰め、暴言を吐く心理的虐待は、親自身が“正しいことを言っているつもり”の場合が多く、“ヒトの脳”が過剰に前に出て、子どもに対して良し悪しをはっきりわからせようという思いが強くなっているのでしょう。身体的虐待は、“馬の脳”が高じて、子どもが敵に見える錯覚を起こしている上、自分の立場を気にする“猿の脳”が、敵を全滅させようといった心理を呼び起こすため、子どもを攻撃してしまうと思われます。

――4匹のバランスが崩れてしまうのには、何か原因があるのでしょうか?

杉山 1つは、自身が虐待されて育った経験です。虐待、特に激しい体罰をされた経験のある人は、ない人に比べて「人の痛みを感じにくく、自分の感情を抑えにくい」という大きな特徴があると言われていて、それにより、わが子への虐待がエスカレートしてしまうと考えられます。もう1つは生育環境。人間は影響を受けやすい生き物なので、幼少期に良識を教えてくれる人がそばにいなかった場合、間違ったことでも「やっていい」と思い込んでしまう面があるのです。人間の脳は未完成な状態で生まれてくるため、脳の成長を阻害するような環境にあると、結果的に、脳内のバランスが崩れてしまいます。

――脳内のバランスが崩れた状態というのは、そのまま固定されてしまうものなのでしょうか?

杉山 いえ、脳内動物の特性やバランスは、状況や刺激で、その都度変化します。そのため、“溺愛しているわが子を、虐待する”といったことも起こり得ます。つまり“馬の脳”が「好き」に大きく傾いているときはすごくかわいがるけれど、子どもが言うことをきかないなど、何らかのきっかけで「嫌い」という感情が強くなると、攻撃してしまうわけです。

心理学者・脳科学者が子育てでしていること、していないこと