ジャニーズ問題対談

ジャニーが生きている間に、歯止めを利かせられていたら――暴露本の当事者が明かす胸中

2024/02/01 19:00
太田サトル(ライター、アイドルウォッチャー)
ジャニーズ事務所の会見は、日本の芸能史を揺るがした(写真:サイゾーウーマン)

 2023年、日本を揺るがした「ジャニーズ問題」。ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏による未成年者への性加害行為が事実と認められた。それよりさかのぼること35年前。元ジャニーズ・北公次の自伝『 光GENJIへ 』(データハウス)が出版され、世間に衝撃が走った。その後も『二丁目のジャニーズ』『SMAPへ』(ともに鹿砦社)など元ジャニーズによる告白本が続き、それらはジャニーズ暴露本ともいわれるように。

 これらを手掛けてきた鹿砦社代表・松岡利康氏と、『光GENJIへ』ゴーストライターの本橋信宏氏は、現在の狂騒をどう見ているのか? 2人にしかわかり得ない、ジャニー喜多川氏やマスコミへの思いを聞いた。

前編はこちら▼

——一連のジャニーズ性加害問題については、英公共放送「BBC」の報道がきっかけとなりました。松岡さんはBBCからコンタクトを受けたそうですが。

松岡利康氏(以下、松岡) 2020年だったかな? もうジャニーさんは亡くなっていた。こちらの資料とかBBCに一式提供したりしたのですが、コロナ禍で関係者の出入国もできなくなっちゃって、それで一旦、話が止まり、「もうダメになったのか」と思っていましたが、一昨年夏に突然連絡があり、やることになったということで驚きました。


本橋信宏氏(以下、本橋) BBCの記者の中に、ジャニーズをよく知っている元ファンがいたというのは大きかったでしょうね。その後、大々的に取り上げることになったとき、これは潮目が変わるなという感じはありました。

——これまでとは違う感触があったということですか。

本橋 はい。事実として性被害があって、1988年に本を出して、ビデオも出しても、日本のメディアは全く動かなかった。しかし、海外から第三者の目で見て、これはあまりにも異常だと言われることで、国内の意識が変わるんです。

松岡 僕も資料は送ったものの立ち消えになったかと思っていたら、一昨年の夏に再び動き出し、日本に取材班がやって来た。

本橋 とにかく昔から海外、いわば「黒船」に日本は弱いんですよ。かつて「文藝春秋」(文藝春秋)1974年11月号「田中角栄研究 その金脈と人脈」が掲載されたのですが、当初はスルーされていたけど、外国特派員協会の記者会見で取り上げられて大騒動に発展し、ついには田中角栄内閣が吹っ飛んたことがありました。ルポルタージュで内閣が吹っ飛ぶなんてことがあるんだという衝撃、これが私の物書きの原点なんです。


 このときも、最初は日本の他メディアはスルーしていました。それが何で変わった、どこで火がついたかというと、やっぱり外国特派員協会、黒船だったんです。そのときのことを思い出しました。これはいよいよ日本のメディアも動き出すんじゃないかと。BBCの報道によって、知っているけど問題視しないという、ある種マインドコントロールのような状態が解除されるんです。

報道する価値のないもの、という考え

——『光GENJIへ』は、あまりにもセンセーショナルな内容の本でベストセラーになって、当時も多くの人がそれを知ることになったわけですよね。当然、当時のジャニーズファンの多くも読んでショックを受けたはずです。そうでありながら、マスコミが取り上げなかったのはなぜだと思いますか?

松岡 かつての「週刊文春」の裁判(2003年、高裁がジャニー喜多川がタレントへ性加害をはたらいたという記事を真実と認め、翌04年に最高裁がジャニーズの上告を棄却するかたちで判決が確定した)のときもほかのメディアはほとんどスルーしていましたからね。「文春」に続いてほかの大手メディアでも今の10分の1でも取り上げていたら、また違っていたかもしれません。しかも、この裁判が終わってからも、ジャニーが性加害を続けていたというところにも驚きます。

本橋 大手メディアの視点だと、男同士の性問題はスキャンダラスでいかがわしいもの、載せるに値しない、せいぜいワイドショーネタという一面がありました。女性の場合は同情されるけど、男性被害者はなかなか同情されない。当事者の会は、いまだに売名行為だとか金目当てという罵詈雑言にさらされて、会にいた一人が自殺までしてしまった。

——『文春』の裁判をメディアが取り上げなかったのは、芸能ゴシップという認識だったからなのでしょうか。

松岡 そういうものは、報道する価値のないものという捉え方をする。

本橋 それ以前に日本の大手マスコミ――新聞、地上波の報道は週刊誌の後追いをするのをすごく嫌がる部分はありました。当時の「ホモスキャンダル」という言葉のとおり、LGBTQという考え方もまだない時代でしたし、どこか男同士のそういったことが触れにくいものになっていた。

 それをいいことに、ジャニー喜多川社長が半世紀以上にわたり東京のど真ん中で性加害を続けてきたわけです。加えて、男の場合はアナルセックスをやられていたとは自分からは言い出せないプライドがあるんですよね。ずっと封印して、暮らしていく人は多い。そんな心の揺れはなかなか理解されない。

――被害者の心理を完全に理解するのは難しいと思います。

本橋 ジャニーさんが一晩に何人も……なんてあり得ない、という指摘を見ますが、アナルセックスだけではなく、飲み干すという行為もあるわけです。10人20人と。そういう行為が可能な世界なんです。それをわからずに矛盾していると指摘するのはおかしい。当事者の会の彼らだって、言えない部分もたくさんあるはずです。そこを代わりに言ってあげるのが僕らの役割なのかなと思っています。

芸能ネタではあるけれど、社会性がある問題

テレビも雑誌も、ジャニーズの数字に頼っていた(写真:サイゾーウーマン)

——ジャニーズ問題を受け、これまでジャニーズに友好的だった大手メディアは、いっせいに手のひらを返してジャニーズ批判を始めました。

松岡 BBCの報道を受けて、NHKが報道したことが大きいですね。早々に若い記者2人が、本社のある西宮までやって来ました。彼らの表情や話ぶりから「こりゃあ、本気だな」と感じました。

本橋 最初はまだ、夕方のニュースでの扱いだったんですよ。でもそれが突破口になった。

松岡 それで反応を見たのでしょうね。そのあとに放送されたNHK『クローズアップ現代』、あれが大きかった。

本橋 そうですね。そこからTBSが続いてやがて各社全面解禁のような流れになって。予感が当たり、本当に潮目が変わりました。

——地上波のテレビが先導した部分が大きそうですが、印象的な手のひら返しメディアはありますか?

本橋 全部ですよ。手のひら返しというか、これまでの報道の姿勢そのものに問題はあったと思います。やっぱり地上波の報道、全国紙は週刊誌報道は追いかけたくないプライドがあり、そこに同性愛ネタ、芸能ネタ、といった触れにくさがあったわけですよ。

松岡 芸能ネタではあるけれど、社会性がある問題である。ジャニーズ事務所がそうした問題を抱えていると知りつつも、タレントを表紙に起用したりインタビューしたりし続けてきたわけなんです。僕が偉そうに言うのも僭越ですが、大手マスコミは問題を甘く考えていた部分もあったと思うんです。

——メディアはジャニーズを扱うと売れる。サイゾーウーマン自体もまさにそうでしたが、PV数が稼げたりする。いろいろな意味でジャニーズ頼りになってしまう側面もありました。

松岡 カレンダー利権なんかもそうですよね。収益が大きいから、版元として外されると傾きかねない。それは必死になりますよね。

——鹿砦社さんも、ジャニーズ関連の本は売れるから、会社は儲かるという部分はありますよね。そういう意味での感謝はありますか?

松岡 人間みんな多面性、多様性がありますからね。そこはないとは言えない。

ジャニー喜多川という人間に対する思い

左から『ジャニーズ帝国60年の興亡』(鹿砦社編集部、鹿砦社刊)、『ジャニーズと僕』(本橋信宏、イースト・プレス刊)

——『光GENJIへ』や暴露本が隆盛の時代から現在に至るまでを振り返って、思うことはありますか。

本橋 1988年の出版当時、同性愛者の人権は確立されていなかったし、データハウスも、その後の鹿砦社さんも、イエロージャーナリズムとしてしか見られていなかった。裁判でジャニーズ事務所と戦った「文春」にしたって、『光GENJIへ』のころはまだ問題を茶化したような部分がありました。

松岡 「文春」は、裁判が終わったらそれで終わりで、一連の問題を本にすることもせず、記録にも残さない。

本橋 「文春」はどこか武士の情けというか、最後の最後まではいかないんですよね。田中角栄研究のときもそうでした。ここまで来たから「撃ち方、やめ」というような部分、あるんじゃないですかね。そう思うと松岡さんが、これだけの長い期間奮闘するというのは精神力すごい!

松岡 そんなことないですよ(笑)。

——ジャニー喜多川という人間に対する思いをあらためてお聞かせいただけますか。

本橋 ジャニーさんは、性加害さえなければ、というかそれは絶対に許されないところではありますが、高い評価を得られるものをつくり、実績も残したことは確かです。そしてジャニーズからデビューすると、人気が出る。そこも確かでした。結果として事業と性欲があまりにも結びつき過ぎてしまった。

松岡 ジャニーさんはもうこの世にいないので何を言っても仕方がないと思っているのですが、ひとつはジャニーさんが生きている間に彼の未成年性虐待を、多くのメディアが今回のようにこぞって告発してほしかったですね。 彼がピンピンしている間に告発するのと、死んでいなくなってからああだこうだ言いたい放題言うのとでは値打ちが全然違いますよね。このかんの大手メディアの報道で、途中から私が違和感を持ったのはこの点です。

 ご本人の前で言うのも恐縮ですが、本橋さんらがパイオニアとして『光GENJIへ』を出されたことは日本の出版史に残る快挙です。それぐらい値打ちがあります。

本橋 ちょっと思うことがあるのですが、ジャニーさんは、自分では止められない欲望を、誰かに止めてもらいたい思いはあったのかな? という気がすることもあります。

——それは裁判などという、法による止め方ではダメなわけですよね。

本橋 性に関する欲望はどんどん刺激が足りなくなって、どんどん過激に、過剰になる傾向がありますから。難しいのは性欲、特に男性のリビドーは、それが生きるエネルギーになることが多いからなかなか難しい。

松岡 だからメディアが、その本来の使命でもって、どんどん暴くなり、やるしかなかったんでしょうね、本当は。

——今回のことを踏まえ、大手メディアの姿勢も変わっていくと思いますか?

本橋 変わらなくちゃいけないけれど難しいですよね。松岡さん、もっと踏ん張れば止められたかもしれませんね。

松岡 だけどここまで何十冊も出せたというのはね、手前味噌ですがよくやれたとは思いますよ。ただ、本当は生きている間に我々が歯止めを利かせることができれば、その後の性虐待も食い止められたかもしれない。今となっては遅いですが、そこまで行ければ一番だったかもしれませんね。

 これまでの<集大成>として、この本(『ジャニ—ス帝国60年の興亡』)を出せて感慨深いものがあります。本橋さんの本にも記されていますが、針の一穴でも時にダムを崩壊させることがあるのだ、と。本橋さんやわれわれの一穴一穴も決して無駄ではなかったと思います。

太田サトル(ライター、アイドルウォッチャー)

太田サトル(ライター、アイドルウォッチャー)

ライター・編集・インタビュアー・アイドルウォッチャー(男女とも)。ウェブや雑誌などでエンタメ系記事やインタビューなどを主に執筆。

最終更新:2024/02/01 19:00