老いゆく親と、どう向き合う?

実家を相続した友人がねたましい……「帰れない。帰る家もない」私の胸がざわつく

2023/10/22 19:00
坂口鈴香(ライター)
写真ACより

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

SNSで友人の帰郷を知った

 また一人、同郷の友人が故郷に帰って行った――。佐野幸代さん(仮名・60)は、しばらく胸のざわつきが抑えられなかった。

「私もふるさとに戻りたい。けれど帰れない。帰る家もない。齢を重ねるごとに、郷愁が募るばかりです」

 同じような思いを持ち、時々会ってはふるさとの九州に残る親の介護のことや、愚痴などを話していたのがその友人Kだった。ところが、Kの帰郷を知ったのはSNSだったという。


「広くSNSの友達に向けて帰郷を告げ、これまでお世話になったことへのお礼が書いてありました。Kとはコロナで数年会えていなかったとはいえ、事前に別れの言葉ひと言ももらえなかったのは悲しかったです」

 SNS経由で知ったというショックにもまして、故郷に帰れたKがうらやましく、しばらく落ち込んだ。そんな気持ちを隠して、Kには「SNSで故郷に帰ったのを知りました。帰る前に会えなかったのは残念でしたが、お元気で」というメッセージを送った。Kからは、佐野さんの憂いなど思ってもみなかったというような、故郷に戻れた喜びであふれた屈託のないメッセージが返ってきた。

 Kの母親は長く老人ホームに入っていて、一人娘であるKが故郷に戻ってくるのを待ちわびていた。そんな母親との葛藤をよく聞かされていたので、佐野さんはKの帰郷は介護のためかもしれないと推測していたが、そうではなかった。

「Kのお母さまは、すでにお亡くなりになっていたんです。帰郷の理由は、『どうしてもふるさとに戻りたい気持ちが抑えきれなくなった』とありました。Kもまた還暦を迎えて、私と同じように九州に帰りたいという思いが強くなったようでした。そこからKはふるさとに帰るべく行動に移したのが、何年もウジウジしている私との違いです

 Kは“捨て身の覚悟で”夫に帰郷したいと告げたのだという。


もう友人と会うことはないだろう

 Kの覚悟と決意が伝わったのか、Kの夫はKの意思を受け入れた。定年後、雇用延長で働いていた夫は東京での仕事を辞め、Kのふるさとで仕事を探した。幸運にも再就職先が見つかり、今は毎日仕事に行ってくれていると、Kは満足そうに言ったという。

「Kの夫は県は違いますが、同じ九州の出身で、私たちのふるさとの県で大学生活を送っていたと聞いています。だから、Kのふるさとだとはいえ、まったく知らない土地に行くというわけではないのが、Kの希望を受け入れた理由なのかなと思います。うちの夫は北関東出身なので、私がふるさとに戻りたいと言っても受け入れてくれるわけはないでしょう。まあ、私も夫がふるさとに帰りたいと言っても、ついていかないですが(笑)」

 同郷の人と結婚すればよかったと、若いころの自分を責めたりもする、と佐野さんは肩をすぼめた。

 さらにKが幸運だったのは、実家を相続したことだ。関東で住んでいた自宅も売れ、母親が亡くなったあと空き家だった実家を建て直したのだという。

「Kは、数十年ぶりの故郷はすっかり変わっていて、戸惑うことだらけだとこぼしていましたが、それさえ幸せ自慢に聞こえてしまう。『故郷に戻れてうらやましい』と正直に伝えましたが、Kからはこちらに帰ってくることがあったら連絡してねと。実家もすでになくなった私が、もうKと会うことはないと思います」

 帰郷を実現させたKと、故郷への想いを募らせるだけの自分――どうKをうらやんでも、自分にはかなえられない現実が悔しく、そして妬ましいと佐野さんは唇をかんだ。

坂口鈴香(ライター)

坂口鈴香(ライター)

終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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最終更新:2023/10/22 19:00
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