コラム
佃野デボラのホメゴロシ!

『夕暮れに、手をつなぐ』、北川悦吏子作品あるあるを徹底解説――令和とは思えない“昔懐かしさ”の正体

2023/03/25 16:00
佃野デボラ(ライター)

 ところで、長きにわたって北川作品を見続けていると、「お約束」がたくさんあることに気づく。これはもう、筆者のような“ファン”にとっては、歌舞伎の見得みたいなもので、「お約束」が登場するたびに、思わずテレビの前で「ヨッ! 北川屋!」「待ってました!」と「大向う」を張りたくなってしまう。そこで、本稿では代表的な北川作品の「お約束」をいくつか紹介したい。

(1)ドラマでの私語りと登場人物への「投影」

 今作のヒロインの名前「浅葱空豆」が、北川大先生の実娘がかつて写真家として活動していたときのカメラマンネーム「あさぎ空豆」に由来することは広く知られるところだが、ドラマの登場人物に自分(と娘)の「依代」をさせることは、もはや北川作品において常態化している。

 『半分、青い。』では、野面なヒロイン・鈴愛(永野芽郁)と、そんな娘をひたすら全肯定する母・晴(松雪泰子)の両者を自らの依代にした。次いで、『ウチの娘は、彼氏ができない!!』(21年/日本テレビ系)では、売れっ子恋愛小説家である母・碧(菅野美穂)に自らを投影し、オタクで陰キャの娘・空(浜辺美波)に実娘の姿を投影した。

 これはスタッフの忖度なのだろうか。今作では、空豆の母で世界的に有名なデザイナー、塔子(松雪泰子)の髪形を大先生そっくりに寄せている。公共の電波を使って松雪泰子と広瀬すずに自分と娘の依代をさせ、大先生の「家族の思い出ビデオ」を作るという強勇さは、アッパレと言うほかない。

(2)ほぼ実娘への取材だけで書く「ユース・カルチャー」

 《私はリサーチしないよ。極力。しても一回。なぜなら、想像の翼を折るから。》と、かねてより宣言していた大先生(現在このツイートは削除済み)。宣言通り、大先生の脚本作りのための取材といえば、家族とママ友と岩井俊二など、近しい人たちへの聞き込み、そしてTwitterでフォロワーに呼びかける「情報おねだり」のみであることは有名だ。

 その結果、北川作品に登場する「若者カルチャー」は、「娘から聞いたんだけど、最近こういうのがはやってるんでしょ?」感がバリバリに出ていて味わい深い。聞きかじりの知識と「ふんわりイマジネーション」で脚本を書くので、ディテールの詰めが甘かったり、周回遅れだったり、架空の固有名詞がことごとく「樟脳の匂いがするおふくろの手編みのセーター」感があって、これまた“懐かしさ”を感じさせてくれる。

 今作では特に、先行の売れっ子ユニット「ズビダバ」、「イソベマキ」という通称を使いたいがための磯部真紀子という名付け、「ビート・パー・ミニット」のデビュー曲タイトル「きっと泣く」など、珠玉のネーミングセンスが際立っており、しばらくのあいだ思い出し笑いをさせてくれそうだ。

(3)社会問題に対する独特のスタンス

 「ポエムドラマ」の“老舗”の心構えとして、普段から新聞も読まなければニュースも見ない大先生。しかし、今作ではプロデューサーに導かれたのだろうか、大先生なりに「社会情勢」を盛り込んだ台詞が一つだけあった。空豆と音の下宿先の主で画家の響子(夏木マリ)が、空豆の祖母・たまえ(茅島成美)に、空豆の近況を伝えるシーンだ。

「(空豆は)近所のお蕎麦屋さんで、東京都の最低賃金で働いております。時給1,072円」

 「『最低賃金』のくだり、要るか !?」という疑問で頭の中がいっぱいになるし、クリエイティブ職以外の職業を軽視する大先生の、相変わらずのスタンスには一驚を喫する。「東京都 最低賃金」でGoogle検索してトップに出てきた文言をコピペしただけのような台詞も、まさに北川作品の真骨頂と言える。

 また終盤で急に、音がコンポーザーを務めるユニット「ビート・パー・ミニット」のヴォーカル・セイラ(田辺桃子)が、実は空豆に恋していたというエピソードが登場。「ジェンダー問題とか盛り込めばいいんでしょ?」とばかりにやっつけ処理された「付け足しトッピング」感に笑ってしまった。

(4)御年61歳の“ベテラン”脚本家による「リカちゃん遊び作劇」

 北川作品の人物造形はどれも、小学校低学年ぐらいまでの女の子が「リカちゃん遊び」をする際に読み上げる「えっとね〜、この子はね〜、パパがパイロットでね〜、ママが元CAでね〜、IQ140でね〜、トイプードルを飼っててね〜、麻布十番に住んでてね〜」という「夢設定」に似た味わいがある。

 今作では空豆の、特に仕事周りの作劇が凄まじかった。ダサい“はんてんコート”を着て上京するまでは、デザイン画の一つも描いたことがなかったのに、いきなり有名高級ブランド「アンダーソニア」(このネーミングも実にジワる)に採用されたり、秒速でトップデザイナーの久遠(遠藤憲一)に嫉妬されるほどのデザインを作り上げたり、音速で商業音楽のMVの衣装を担当したり、デザイナーデビューから1年足らずでパリコレに出られたりと、無茶苦茶だ。しかも作劇的にはすべて「天才だから」の一点張りで押し通す。

 ものの本によれば、「ドラマ1話につき使っていい『偶然』は、多くて3つまで」という基本原則があるらしい。しかしそこは北川大先生。セオリーなんて気にしない。試しに第1話に仕込まれた「偶然」を数えてみた。

1 偶然福岡に来ていた宮崎在住の空豆と、偶然福岡に来ていた東京在住の音が横断歩道でぶつかる
2 偶然同じワイヤレスイヤホンを使っていたため、互いに間違えて拾う
3 ヨルシカの「春泥棒」を偶然同じタイミングで聞いていた
4 大東京(人口1400万人)のビルの谷間の噴水の前で偶然再会
5 大東京(人口1400万人)のホテルのレストランで偶然再会
6 大東京(人口1400万人)の橋の上で偶然再会
7 空豆がサウナでのぼせて倒れるが、偶然にも音が住む家の大家が経営する銭湯だった

 なんと、7つもの「偶然」をブチ込んでいる。

 ほとんどのエピソードを「偶然」と「神様からのギフト(=天才的才能)」の2点突破で進めるのである。こうした「リカちゃん遊び作劇」が、今作でも炸裂していた。

(5)エコでサステナブルな執筆スタイル

 お気に入りの設定を何度も再利用するのも、北川作品の醍醐味だ。登場人物の実家が「皇室御用達の写真館」という設定が、『半分、青い。』と、『ウチの娘は、彼氏ができない!!』で使い回しされたことは記憶に新しい。

 今作では久遠のバックグラウンドとして「今をときめくトップデザイナーだけど、実は河内長野出身」という設定がお目見えしたが、『半分、青い。』でも鈴愛の漫画の師匠である秋風(豊川悦司)の出身地が河内地方だった。そしてその設定は、「繊細で洗練された作風で知られる秋風先生だけど、キレると泥臭い河内弁が出る」という(大先生が思う)“面白シーン”として消費された。いったい大先生は河内地方をどんな場所だと思っているのだろうか。

 こうした、5個ぐらいしかない引き出しを延々使い回すという“省力的”な作劇も、「北川作品あるある」として欠かせない要素だ。

(6)「厨二病の妖精」による試し行為

 大先生といえば、自由奔放なツイートがたびたび炎上することでおなじみだ。新作の脚本制作が始まるたびに「ワタシ大変、ワタシ頑張ってる」からの「褒め言葉おねだり」ツイートや、語弊だらけのきわどい「制作裏話」ツイートが増える。

 空豆や鈴愛など、大先生の創り出すヒロインが、わざと傷つけるようなことを言って相手の反応を見たり、相手の大事なものを乱暴に扱ったり破壊しようとするのは「試し行為」にほかならず、大先生が平素から息を吐くようにTwitterで行っていることに似ている。

《そもそも、この体調で連ドラは無理、と一度お断りしたのですが、なんとか頑張りませんか?とチーフプロデューサーの植田さんに説得されて、というか励まされて、書き始めました。》
《私は、しばらくホン(シナリオのこと)書かないと思います。諸事情があって。書くとしてもずいぶん先かと思われます。》

 こうしたツイートも試し行為に見える。その真意はおそらく、「お前ら、しばらく脚本のオファーするなよ? 絶対するなよ?」という「ダチョウ倶楽部しぐさ」ではないか。つまり、「アテクシは常に脚本家として求められて然るべき。求められたうえで袖にする立場。オファーしろ。受けるかどうかは別として」ということではなかろうか。

 このように、作品とツイートの両面から、見る者に「共感性羞恥」を味わわせてくれる。これもまた北川作品が唯一無二のジャンルたる所以だ。

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