YouTuber・ヒカルの文体は、村上春樹に似ている――初エッセイ『心配すんな。全部上手くいく。』レビュー
ヒカルが本書で、“小学生でも読める自己啓発書”を狙ったと思われる根拠は3つある。1つ目は、子どもに人気のマンガやゲームに関する記述が多いこと。
「人生はポケモン」とたとえ、「あらかじめだれでも全クリできるように設計されている」と説く。ほかにも『ONE PIECE(ワンピース)』(集英社)や『ドラゴンクエスト』など有名どころを引用。筆者には響かないが、子どもには響きそうだ。
またヒカルは、自己演出にもマンガを活用している。衝動に従うべきだと説く第3章第3節では、「僕が経験したいちばん強烈」な衝動として、“野球マンガ「ドカベン」が急に読みたくなって地元・兵庫の田舎町から大型書店のある神戸まで車を飛ばし、3日かけて読破した”エピソードが紹介されている。カリスマダークヒーローの人生で、最も強烈だった衝動がこれとは、なんだかほほえましい。
「ドカベン、ドカベン、ドカベン。とにかく『ドカベン』を読みたい。いますぐ読みたい。仕事もまったく手につかなくなってしまった。1巻だけじゃダメだ。全巻だ。全巻を一気読みしたい」と禁断症状を起こしたかのような当時の描写、あまりにも面白すぎやしないか。小学生も「わかる、わかる!」と共感してくれるだろう。ヒカルはあえて親しみやすさを演出したに違いない。
さらに、タイトル『心配すんな。全部上手くいく。』も、マンガ『キングダム』(集英社)のキャラのセリフまんまとのこと。各章のサブタイトルも、すべて『鋼の錬金術師』(スクウェア・エニックス)『黒子のバスケ』『銀魂』(ともに集英社)などのセリフの引用だという。子どものハートをつかみそうな試みだが、著書の顔ともいえるタイトルまで、他人のマンガのセリフを使うとは……なかなかできることではない。タブーを恐れないメンタル最強なヒカルだからこその、人目を引く作戦なのだろう。
2つ目の根拠は、ヒカルから、子ども思いな面や純粋さが感じられること。本書によれば、ヒカルの代表作は、“祭りの露天のくじに当たりくじが入っているかを検証した動画”だそうだ。15万円分引いたものの当たりは出ず、「露店は子どもたちの大事なお小遣いを騙し取っている」「悪質だ」「祭りくじの闇である」「(もとから)うさん臭さを感じていた」「これは詐欺だ」と、結構な言いようで、露天商を批判している。
露店のくじ引きが詐欺まがいであることは、大人はみんな知っている。むしろ、それを知っていく過程で子どもは大人になっていくのだから、そっとしておこうよと、個人的には思うが、純粋なヒカルは「子どもを騙すなんて許せない!」と感じた……のかもしれない。その子どもたちを思う気持ちが、“小学生でも読める自己啓発書”執筆への原動力になったとも予想できる。