韓国、“政治的な扇動”が問題に……『キングメーカー 大統領を作った男』に見る選挙と社会の分断
オム・チャンロクは、現在の北朝鮮にあたる咸鏡北道(ハムギョンブクドウ)出身とされている。高校の時に朝鮮戦争が勃発、朝鮮人民軍に徴集されるのが嫌で山に入り、反共遊撃隊として活動。そこで進撃してきた韓国軍に同行し、米軍部隊でも働いたが、負傷して除隊した。
その後、江原道・麟蹄郡で知人の漢方薬屋の手伝いをしていたところに、キム・デジュンの補欠選挙が重なり、不正にまみれた当時の政治を打破しようと訴える理念に共感して近づいていったのが、まさに映画の冒頭で描かれていた場面である。
そんなオム・チャンロクの腕が発揮されるのは、出馬する地域をキム・デジュンの出身地、木浦(モクポ)に移して挑んだ67年の総選挙からだ。その頃、パク・チョンヒ独裁政権は国務会議(大統領が主宰する閣僚会議)を木浦で行うなど、全国のどの選挙区よりも木浦に力を注ぎ、金と力を総動員して不正で卑劣な選挙戦を展開した。独裁に徹底抗戦の姿勢を曲げないキム・デジュンは、パク・チョンヒ独裁政権にとって、言葉通り「目の上の瘤」だったからだ。
パク・チョンヒはキム・デジュンを落選させるため、莫大な資金を投入。情報機関「大韓民国中央情報部(KCIA)」も動員して、選挙工作に打って出た。一方のキム・デジュンは、いかに絶体絶命の危機であろうと、自分は汚い手を使うべきではない、「正義こそが正しい秩序だ」と主張したが、オム・チャンロクは「正しい目的のためなら手段は不問」と、不正には不正で対抗すべきだと説得した。
その結果、キム・デジュン陣営は姑息な作戦を開始。パク・チョンヒ陣営の共和党が有権者にばらまいた衣服などの贈り物を、キム・デジュン陣営の民主党は、共和党に成りすまして有権者から回収してしまう。当然、有権者たちは共和党に不満を持つだろう。同じように、共和党のフリをして有権者に接近し、相手に安いタバコを与えた目の前で、自分は高価なタバコを吸う。こうした場面は劇中でコミカルに描かれているが、全て実話である。