[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国映画『アシュラ』、公開から5年で突如話題に!? 物語とそっくりの疑惑が浮上した、韓国政治のいま

2021/10/08 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

『アシュラ』「無銭有罪、有銭無罪」を体現したチョン・ギョンファンの正体

 ところで、巨額の横領等を行ったチョン・ギョンファンとは誰だろうか? 勘の良い人はすでにお気づきかもしれないが、彼はあの悪名高き元大統領チョン・ドファンの弟である。

 チョン・ドファンの大統領在任中、チョン・ギョンファンは大統領の弟というだけで、国土開発組織「새마을운동본부(セマウル運動本部)」の会長の座に就き、再開発や建設事業を利用して莫大なリベートや賄賂を受けてきた。にもかかわらず、50万円を盗んで17年の罪となったチ・ガンホンと、7億円以上でたった7年の罪(しかも2年後には恩赦で釈放された)で済んだチョン・ギョンファンの、理不尽な判決の違いは、どう説明できるのだろうか。「カネがあれば無罪、なければ有罪」という現実を思い知ったチ・ガンホンは、チョン・ギョンファンに対する判決を知って脱走を試みたのだ。「延禧洞(当時、チョン・ドファンが住んでいた街)に行って殺したかった」と言ったように、彼の怒りが最終的には権力欲とカネにまみれたチョン・ドファンに向けられていたことがよくわかる。

 チ・ガンホンがなぜBee Geesの「Holiday」を要求したかは謎のままだ。人質になった家族の証言によれば、立てこもっている間ずっと繰り返し聴いていたといい、事件はこの名曲とともに人々の記憶に焼き付けられた。さらに、人質に対する紳士的な態度が明らかになるにつれ、チ・ガンホンに対する人々の共感は高まり、2006年には『ホリデイ』(ヤン・ユンホ監督)というタイトルで映画化もされている。

 大統領選挙に向けた状況や報道は、日々刻々と変化している。与党側の最有力候補イ・ジェミョンは、仕事はできると評判だが、その厳しさゆえ敵も多く、次から次へとスキャンダル疑惑が湧いては消え、ネガティブキャンペーンも絶えない。一方、野党側の最有力候補ユン・ソクヨルは、元検察トップという立場から一転大統領候補に浮上した人物で、ムン・ジェイン政権下での元法務大臣チョ・グクのスキャンダルを追及した人物である。そんな彼もつい最近、テレビの討論会に出演した際、手のひらにまじないのような文字「王」と書いていたことがわかり、国民は再び、迷信に惑わされたパク・クネのトラウマに襲われている。さあ、この選挙はどのような決着を見せるだろうか。 

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。


最終更新:2022/11/04 18:11
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「これが現実だったら怖いな〜」と思った5年前……