『ザ・ノンフィクション』女装一筋に見る、類まれなオタク人生「女装と家族と終活と ~キャンディさんの人生~」
日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。8月1日の放送は「女装と家族と終活と ~キャンディさんの人生~」。
あらすじ
コスプレやLGBTという言葉がなかった40年前から女装をしてきたキャンディ・H・ミルキィ69歳。1990年代から女装で原宿の街を闊歩していた有名人で、今も近所への買い物は女装で行く。名前は少女漫画『キャンディ・キャンディ』(講談社)から。キャンディは同作の大ファンで、数多のグッズを所有するコレクターでもある。柴又の喫茶店の2階を借りて「キャンディ・キャンディ博物館」を開き、グッズを展示している。
キャンディは治療法が確立されていない「間質性肺炎」を患っており、(余命は)長くて7年、短ければ4年と医師から告げられているそうで、番組取材時点で2年が経過していた。年々息が切れやすくなっているとのことで、自分の「終活」について意識しはじめる。
キャンディは幼少期に銭湯に行った際、母から姉の服を間違えて持たされ、ちょうちん袖のフリフリの服を着たことから女装に目覚める。姉の服をコッソリ着るだけでは飽き足らず、小学校高学年で新聞配達のバイトを始めると、ゴミ捨て場から女物の服を漁って集めていた。
しかしその後、キャンディはオートバイに夢中になるなど活発な青年になっていき23歳で恋愛結婚、3人の息子に恵まれる。女装は「切れた」「脱皮した」、と思っていたもののその運命は26歳で一変する。松田聖子が白いドレスで歌い踊る姿を見て「開眼」したのだ。
キャンディは女装部屋を借りるなど家族に女装を隠してはいたもののバレてしまい、「生理的に嫌」だと42歳のときに妻は家を出ていく。なお、現在39歳のキャンディの三男は、上2人の兄は周りから(父の女装について)変な目で見られていたことがあったようだが、自分は兄たちより年が離れていたのもあって、いじめられたというより芸能人の息子の扱いに近かったと振り返る。
SNSもない時代、キャンディはアマチュア女装者情報誌「ひまわり」も作っていた。そこで表紙を務めたこともあり、『女装と日本人』(講談社)著者である三橋順子は、2000年に自身が中央大学の非常勤講師になった際に、大学に抗議の電話やメールが来て騒動になったという。この四半世紀でいいほうに変わった、と三橋は話す。
番組の最後ではキャンディの姉が訪ねてくる。姉は「その年になって楽しいことあるっていいよね、年取ったら何もやることなくなってくるしできなくなってくるし、やりたいようにやっている、それが生き生きしている」と話していた。