[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

EXO・D.O映画デビュー作『明日へ』から学ぶ、“闘うこと”の苦しみと喜び――「働き方」から見える社会問題

2021/02/19 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

月収8万円での生活を余儀なくされる「若者の貧困」問題

 本作ではまた、現実においてほぼ不可視化されている、さらに深刻な問題をもう一つ取り上げている。映画が作られた2014年前後に浮かび上がってきた「若者の貧困」だ。映画で中心に描かれるのはスーパーでのストライキだが、女性たちが立ち上がる背景には必ず「家族」の存在があり、映画ではそれぞれの家庭事情についてもきちんと踏み込んでいる。

 例えば、夫が出稼ぎに出ているらしいソニの家では、息子のテヨン(EXO・D.O/ド・ギョンス)が給食費を払えずに昼ご飯を食べられなかったり、修学旅行の費用を稼ぐためにコンビニでアルバイトをすれば、店主からひどいパワハラを受けて悔しい思いをしたりする。テヨンの友人・スギョン(チウ)はさらに劣悪な貧困下にあるが、彼らは似たような境遇から次第に心を通わせていく。

 アルバイトに励む高校生は、社会の中で最も弱い立場にある労働者であり、彼らを保護するような法整備はいまだなされていない。また、スーパーの仲間の中にも、大学を卒業したものの就職ができず、非正規のレジ係として働くミジン(チョン・ウヒ)という人物がおり、彼女はまさに「若者の貧困」問題の象徴的な存在として描かれる。 
 
 韓国には「88万ウォン世代(88만원 세대)」と呼ばれる、雇用不安にさいなまれる20代を指し示す言葉がある。正社員として就職できず、非正規労働者になった若者で、その平均月収は最低限の生活を維持することもままならない「88万ウォン(約8万円)」であることから生まれた造語だ。そこには、民主化が進んだ90年代に私立大学の設立基準が緩和され、その結果、大学生の数が急増したという背景がある。

 学歴社会である韓国において大学の卒業証書は就職の必須条件であり、高校生は少しでも安定した未来を手に入れようと、必死で勉強に励む。設立基準を緩和して大学を増やし、入りやすい環境を作ることは本来、熾烈な受験戦争を解決するための政策だったはずだが、今となってみればそれが逆効果となり、実績の低い大学を政府が「リストラ」する動きにつながる。大学生の急増は就職難に直結し、さらなる非正規労働者を量産する結果となったのだ。

 入社試験に落ち、非正規労働者として闘うことを選ぶミジンは、まさに「88万ウォン世代」といえるが、この世代の現実を表す造語にもう一つ「サンポ世代(삼포세대、3つを放棄した世代)」というものがある。これは、就職難や不安定な労働環境、高騰する住宅価格、生活費の逼迫などによって「恋愛・結婚・出産」の3つを諦めざるを得ない若者たちを示すもので、韓国社会が抱える最大の課題を端的に表す用語として使われている。 
 
 こうして考えると、非正規労働者の問題は、ソニやヘミといった子どもを持つ親だけでなく、その子どもや若者、そして高齢者のスルレまで、ほぼ全世代に関わっていることがわかる。このままでは、高校生であるテヨンやスギョンの未来はミジンであり、ミジンの未来は子どもを育てながら必死で働くソニやヘミであり、ソニやヘミの未来は孤独な一人暮らしのスルレである可能性が非常に高い。


 これほどまでにつらく厳しい現実を、どうすれば次の世代に受け継がせずに断ち切れるのか。その答えこそが、デモでありストライキではないだろうか。社会から守られていない彼らは、理不尽な仕打ちに立ち向かい、不当な解雇と闘い、自らの権利を自らの手で勝ち取るしかないのだ。

ストライキ2.0 ブラック企業と闘う武器