[サイジョの本棚]

「偉人」と呼ばれる女性たちの“人間臭い”裏の顔を暴く! 『スゴ母列伝』『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』【サイゾーウーマンの本棚】

2020/09/22 19:00
保田夏子

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

 何かを成し遂げたり、優れた物を生み出したことで「偉人」と呼ばれる人々。時代を経るにつれて、成し遂げたものが大きいほどその功績が強調され、偉大な物語にそぐわない言動は排除されるようになり、次第に無味無臭の「聖人性」を帯びてくる。しかし、当時の資料を丹念に追えば、突出した才能を持つ人ほど良くも悪くも人間味にあふれていることが多い。ダイナミックな人間性を知ることで、明日への活力になるような2冊を紹介する。

■『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』(著:ジョージナ・クリーグ、訳:中山ゆかり/フィルムアート社)

『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』

【概要】

 「どうしてヘレン・ケラーのようにできないの」と、ヘレン・ケラーと比較され育った視覚障害をもつ著者。ヘレン・ケラーについてのあらゆる本、インタビュー、記事、その他の資料にあたってヘレンの実人生を研究しつくし、「奇跡の人」という偶像ではなく、一人の盲目の女性としてのヘレンの姿をよみがえらせる「創造的ノンフィクション」。


 

■『スゴ母列伝 いい母は天国に行ける、ワルい母はどこへでも行ける』(堀越英美/大和書房)

『スゴ母列伝 いい母は天国に行ける、ワルい母はどこへでも行ける』

【概要】

 「いい母は天国に行ける、ワルい母はどこへでも行ける」というサブタイトル通り、完璧ではないかもしれないが、自らの人生に沿わせた育児をした母親たちを紹介する評伝集。岡本かの子、マリー・キュリー(キュリー夫人)、三島和歌子、マリア・モンテッソーリ、黒柳朝、養老静江(養老孟司の母)、山村美紗ら古今東西のパワフルな“母”エピソードが紹介される。

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 「奇跡の人」ヘレン・ケラーの知られざる横顔をあぶり出すのは、『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』。

「なぜ、もっとちゃんとヘレン・ケラーのようにできないの?」

「確かにあなたは目が見えませんよ。でも可哀想な小さなヘレン・ケラーは、目も見えなければ、耳も聞こえなかったのですよ」

 視覚障害を抱える著者にとってヘレンは、少女時代から常に引き合いに出され、模範にするべきと教えられてきた「悪霊」だった。そんな彼女に向けた「手紙」というスタイルで、できすぎた美しい物語のように語られがちなヘレンの人生の真実を検証していく。

 冒頭から「あなた(編註:ヘレン)を憎んで成長してきた」と綴られる本書は、対象への負の思い入れを隠さないという点で、一般のノンフィクションや伝記とは一線を画している。公式に残っているあらゆる資料を根気強く読み込み、歴史的事実を踏まえた上で、まるでその場にいたかのような物語を編んでいく「創造的ノンフィクション」であり、 “公式”の情報からその行間にあり得る可能性を活写していく、というスタイルは、ヘレンを対象にした「二次創作」とも言えるかもしれない。

 ヘレンの生涯には、詳細に綴られた伝記や資料でも埋められない“空白”が多数存在している。盗作の嫌疑をかけられた少女時代、理不尽な仕打ちに彼女は本心ではどう感じていたのか。生涯処女であったとされているが、本当に彼女は性行為を経験しなかったのか。ヘレン、サリヴァン、サリヴァンの夫・ジョンという3人で居を共にした共同生活の理由。公式に記録が残っている、年下男性との結婚申請書。ショービジネス興業に加わり、自身を見世物のように扱うことを許した背景。そして、約50年間ほぼ離れることのなかった「先生」アン・サリヴァンとの関係――。その多くはヘレンら本人たちにしかわからず、もはや「正解」があるものではない。それでも著者は、残された資料から考えうるあらゆる物語を想像し、矢継ぎ早にシチュエーションを妄想して畳み掛けるように提示していく。

目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙