老いてゆく親と、どう向き合う?

認知症の父が土下座で「至らない人間で申し訳ない。許してほしい」――介護する娘に、頭を下げた

2020/05/03 18:00
坂口鈴香(ライター)

「許してほしい」父の土下座

 謙作さんのせん妄がひどく眠れない日が続いていたにもかかわらずき、子どもを押し付けて仕事に行こうとするひとみさんに、直美さんがキレてしまったときの謙作さんの姿が、今も忘れられないという。

「椅子を布団に投げつけて、家を飛び出し、ファミレスでビールを飲んで頭を冷やして家に戻りました。すると父が私に『至らない人間で申し訳ない。俺が悪いんです。許してください』と土下座したんです。母が倒れてからは優しくなりましたが、昔気質で怖かった父が頭を下げている。父にそんな思いをさせてしまったことが悔しくて、悲しくて、『お父さんは悪くないよ。ここまで育ててくれたじゃない』と父を抱きしめました」

 地域包括ケア病棟に入院した謙作さんを診察した医師に、「もう在宅でみるレベルじゃない」と言われ、驚いたという。

「この病院のスタッフには感謝してもしきれません。薬を整理して全身を丁寧にケアしてくれただけでなく、父が夜中にせん妄を起こして私の名前を呼んで探し回っても、怒ることもなく、父に『私が直美よ』と言って落ち着かせてくれていました」

 これがプロというものだろう。もちろんこれまでに直美さんにかかわってきた人たちも、皆プロだったはずなのだが――。


 謙作さんはこの病院で2カ月過ごし、病院の系列の老人保健施設に移った。認知症も進み、要介護4となっていたので、「自宅に戻せる状態ではない」と判断されたのだ。老人保健施設に入って1カ月後、謙作さんは誤嚥性肺炎を起こし、病院に救急搬送された。

「入院手続きをしていると急変しました。医師や看護師が集まって精一杯父に尽くしてくれていて、私もせめてもの思いで父の足をさすりながら『戻って来て、頑張って、嫌だよ、お父さん……』と叫び続けました。数日前に施設へ面会に行ったときは、好物の冷たいコーヒー牛乳を飲んだり、ひ孫の菓子を食べて『ウマいなぁー』と言っていたのに、そんな父とは別の姿でした」

 謙作さんは限界がきた心臓と誤嚥性肺炎によって、娘・孫・ひ孫が見守る中、静かに息を引き取った。直美さんは、八重子さんが倒れて入院してから2年の間、謙作さんと今までの時間を埋めるように沢山の話をしてきたという。入院中には後ろから抱きしめ、「おとうさん大好き!」と何十年も言ったことのない言葉を伝えていた。

 しかし、謙作さんの葬送、寺や葬儀社の手配をし、施設に荷物を引き取りに行く……と、直美さんは謙作さんの死を悲しんでいる間もなかったし、八重子さんのところに行く余裕もなかった。

ーー次回は5月10日(日)更新


坂口鈴香(ライター)

坂口鈴香(ライター)

終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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最終更新:2020/05/03 22:07
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