【前編】『私のおっぱい戦争』リリ・ソン氏インタビュー

『私のおっぱい戦争』リリ・ソン氏に聞いた、フランス人も悩む「完璧な母親像」「女性らしさ」とフェミニズム

2020/02/05 21:00
相川千尋(フランス語翻訳者)
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Photo:(C)MariePacifiqueZeltner

 29歳で乳がんと診断されたことをきっかけに、自らの日常と病気についてユーモアを交えて語るオールカラーの漫画ブログを開設し、のちに、そのブログがミシェル・ラフォン社からコミックとして出版されたフランスのコミック作家、リリ・ソンさん。2019年には、日本語版の『私のおっぱい戦争――29歳フランス女子の乳がん日記』(花伝社)が刊行され、同作で「女性の体」や「女らしさとは何か」といった問題について表現している。今回、そんなリリさんに、いまフランスで女性たちを取り巻く状況や、自身のフェミニズムに対しての考えをうかがった。

乳房を取ったら、女らしさもなくなる?

──リリさんは『私のおっぱい戦争――29歳フランス女子の乳がん日記』を通して、女性の体や女性性、フェミニズムについて表現されています。まず、リリさんがフェミニズムに出会ったきっかけについて教えていただけますか?

リリ・ソンさん(以下、リリ) フェミニズムを意識するようになったのは、乳がんがきっかけでした。乳房を切除するときに、「乳房を取ったら、女らしさも一緒に切り取られてしまうのかな」「私を女性にしているものって、一体何なんだろう」と考えたんです。

 私は、教育を受けた西洋の白人女性で、どちらかというと豊かな社会階層の出身。がんになるまでは、そのような女性にありがちな“穏健な”フェミニズム意識を持っていました。つまり、自分の特権に浸りきっていたわけです。ですが、病人という立場に立たされたことで、それまでの自分自身の「枠」から外に出て、全てを問い直さざるを得なくなりました。そのとき初めて、社会が女性やその体に対し、規範を押しつけ、母親や妻の役割を求めていること、さらには、男女不平等が生む暴力といった社会の現実に気がついたのです。

女友達の多くが性的暴行の被害に

──フランスのフェミニズムはどのような状況ですか。


リリ カナダに住んでいた14年に乳がんになったので、フェミニズムに関する私の考えは、男女平等がある程度実現されているカナダという国で生まれたと言えると思います。

 私がフランスに帰国したのは15年。その後に起こった#MeToo運動は、性的暴行を公の場で告発するもので、世の中が動き出す大きなきっかけとなったと思います。実際にフランス人の女友達と話したところ、その子たちの4分の3ぐらいは、性的暴行を受けたことがあったと告白してくれました。#MeToo運動は本当に人々の意識を目覚めさせたと思いますが、それは私がフェミニスト活動家で、周りにも似たような考えを持つ女性が多いので、そう感じるのでしょう。なので、みんながみんな、このように考えているとは思っていません。

 それでも、インスタグラムにはたくさんのフェミニスト・アカウントがありますし、女性同士が助け合う「シスター・フッド」の精神も、最近ますます感じるようになっています。例えば昨日の夜、カップルの女性が男性に「さっきすれちがった3人組の男と話していた女の子が無事かどうか、道を戻って見てきて」と頼んでいる場面を目撃しました。

私のおっぱい戦争 29歳・フランス女子の乳がん日記