【連載】堀江宏樹に聞く! 日本の“アウト”皇室史!!

職人技光る“皇室愛用ブランド”が廃業――「デパート」「通販」の台頭で消えゆく伝統【日本のアウト皇室史】

2019/12/28 21:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

消えゆく皇室御用達ブランドとその背景

堀江宏樹さん(撮影:竹内摩耶)

――衣服や装飾品には流行がありますよね。いくら“皇室愛用”というブランド価値が付いていても、一般受けしなければ人気がなくなってしまうかも。それに比べ、食材のお店などは安泰なのでは?

堀江 皇室の方も“個人”として買い物をしているだけで、その店のパトロンではない。なので、店側の経営が何らかの理由で困難になれば、消えてしまいます。

 例えば、皇室に長年、お米を納入し続けたことで知られる、文京区・目白台の小さな米屋「小黒米店」も最近、閉店してしまったようですね。グーグルマップで住所を調べてみたら、2019年の初夏の時点にはあったお店の土地が、現在は不動産屋に買われ、彼らの手で売りに出されていました。

 ちなみに、小黒米店は戦後、店主の米えらびのセンスが高く買われ、皇室に米を納めることになったそうです。また、皇室の方々が食べているお米は10キロ3260円の「標準米」(※標準米制度は2004年に廃止)だったそうな。調べましたが、1980年時点での米の平均価格はこれくらいでした。

 御用達業者になった理由でもある、「店主の米選びのセンス」が生きるのは、年に限られた機会だけだといい、そのうちの1つがお正月用のもち米だったとか。もち米には、「標準米」が存在せず、「良いもの」を納入できたそう。皇室が買うものは、実質的に最高級品が中心なのですが、質素を主とするということで、お米の場合は“平均価格”の「標準米」。それも、皇室からはあまり精白せず、玄米に近い黒っぽいお米を(おそらく健康上の理由で)望まれたため、それを納入していたそうです。


 ほかの御用達業者がいかにも高級な店構えなのに対し、在りし日の小黒米店は、本当に街中のお米屋さんそのものの外見で、それが面白いという理由で、時々テレビに取り上げられたりしていました。ただ、今は閉店してしまっていますから、別の業者が、皇室にお米を納入しているのかも……。

――御用達だったお店が、いつしかまったく違う業種に鞍替えしちゃうケースなどは?

堀江 それもあるようで、青山にあった高級肉店の「吉橋」がその一つ。御用達になった経緯からして面白くて、23年(大正12年)頃に、お店の前に馬車が止まり、皇居から来た宮内庁の役人が「御用を命じる」とか言って、その場で御用達になっちゃったようです。昭和後期には毎月4キロ、松阪牛のロース肉などを納めていたそう。

 高級肉店と書きましたが、「吉橋」は昭和の後期になっても牛肉しか取り扱わないお店だったようですね。宮家などからオーダーがあった時のみ、鶏肉や豚肉は取り扱うのだとか。73年8月1日号の「セブン」の記事で、「吉橋」に取材した記者によると「三笠宮家のお子さまは鶏肉がお嫌い」だとかいう情報が得られたそうです(笑)。

 その後、「吉橋」は日本初の24時間営業を導入した、青山の高級スーパー「ユアーズ」内に店舗を移動。「ユアーズ」閉店後は、赤坂に移動、業種を肉屋から、すき焼き屋に変えて「よしはし」と名乗り、ミシュランから一つ星をもらったそうです。ただ、この「よしはし」も2017年には閉店。その後は御用達の店「吉橋」の伝統を継いだ形の営業はないようで、御用達業者の歴史は途絶えてしまったようです。


堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2020/01/08 13:56
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