『ザ・ノンフィクション』レビュー

『ザ・ノンフィクション』思い出がもたらす生きる力「父を殺した母へ あれからの日々~無理心中から17年目の旅~」

2019/12/24 11:50
石徹白未亜(ライター)

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月22日の放送は「父を殺した母へ あれからの日々~無理心中から17年目の旅~」。同作は北米最大級のメディアコンクール「ニューヨーク・フェスティバル2019」のドキュメンタリー・人物・伝記部門で銅賞を受賞。今回の『ザ・ノンフィクション』では受賞作品を再編集した「特別編」が放送された。

『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)公式サイトより

あらすじ

 前田勝は台湾人の父と韓国人の母、ヒュンスクとの間に生まれる。両親の離婚の後、母が日本に出稼ぎに行ったことから、韓国で親戚の間をたらい回しにされ幼少期を過ごす。その後、父と台湾で暮らすが13歳の時に母の再婚に伴い呼びよせられる形で、日本で暮らし始める。しかし勝が高校を卒業した直後、浮気をしていた勝の継父をヒュンスクは撲殺し直後に投身自殺、無理心中を図る。勝は喪失感の中、大学を中退。仕事を転々とし、現在はアルバイトをしながら自分の母親の事件をテーマとした舞台に、勝が「自分役」として出演している。

自分を棄てた母親を憎んでいた勝だったが、韓国の親戚、台湾にいる実父に会い、母の思い出を話すことで前向きに生きる力を取り戻していく。

「里帰り」の効能とは

 勝の母、ヒュンスクはきっと「とんでもなくパワフル」な人だったのだろうと思う。勝の実父や、韓国の親戚たちが「男っぽい」「情熱的」と懐かしんだヒュンスクの性格は、近くにいたら疲れる人ともいえそうだ。心中事件を起こし子どもの心に傷を植え付けないわけがない。離婚という選択肢もある中で、自分の憎しみを優先させたヒュンスクはとても自分勝手な人だと思う。

 番組は、勝がヒュンスクから自分が愛されていた事実を知り、生きる力を取り戻していく、という構成になっていたものの、一視聴者の私の心には、ヒュンスクの勝手さは、引っかかり続けた。ヒュンスクが勝を韓国に置いて日本に出稼ぎしていたのは、勝の大学進学を願っていたから、とあったが、「勝が大学に進学したい」ではなく「勝を大学に進学させたい」というヒュンスクの希望だ。置き去りにされ、親戚間でたらい回しにされた勝の韓国の幼年時代は、いまだ暗い影を落としている。ヒュンスクの愛情は自分本位だったように思えてならない。


 また、ヒュンスクだけでなく、韓国のヒュンスクの親戚も台湾の父親にも違和感を覚えた。幼少期の勝をないがしろにした親戚は、会いに来た勝に「許してほしい」と酒席の一言だけで、過去を水に流そうとしていた。父親は、ヒュンスクが亡くなってからも勝に連絡することはなく、勝が会いに行った際には、「ヒュンスクが夢の中で自分に会いに来てくれた」という話を最後に通訳へ残して去った。通訳ナシでも会話ができる2人なのに、通訳をわざわざ介して伝えるのは、なぜだろうか。「ちょっといい話」を、もったいぶった素振りで披露し、それで話をまとめようとしているように見えた。

 しかし何より勝自身が、自分の縁者に会うことで生きていく力が得られたのならば、これでよかったのだとも思う。事件以降、勝は心中事件を舞台にし、勝が自分役で出演するといった大胆な公開を続ける一方で、韓国にも台湾にも「帰省」をしていなかった。自分の心の中でだけ“発酵”してきて、舞台で演じても演じても消化しきれないどころか、かえって膨らむどうしようもない母への思いを、里帰りをして、親類縁者の話を聞き、かつて過ごした町を見ることでガス抜きができ、それで前に進む力を得たのではないかと思えた。

おじいちゃんの里帰り