カルチャー
【特集】「慰安婦」問題を考える第1回

今さら聞けない「慰安婦」問題の基本を研究者に聞く――なぜ何度も「謝罪」しているのに火種となるのか

2019/08/07 19:45
小島かほり

――もうひとつ、否定派が問題否定の根拠とする、「慰安婦」の存在を示すような「公文書がない」という主張は、どう見るべきでしょうか?

林氏 まず公文書は、敗戦と同時に処分するよう、軍から指令が下りています。たとえ残っていたとしても、加害者側の文書からは、被害の実態は見えてこないでしょう。特に性暴力に関わることでは、加害者側がわざわざ「強制しました」なんて書かないでしょうしね。また海外の公文書は残っていますし、「慰安婦」について描かれた日本人兵士の回想録も多数ある。

 それらの事実に加えて、想像してみればわかることなのです。例えば女性が朝鮮半島から中国に連れてこられて、性行為を拒否して帰ろうとしても、どうやって一人で帰れるのか。当時は、軍が認めなければ、自由に移動もできないのです。見知らぬ土地で逃げることもできず、軍人の相手を拒否すれば暴力を振るわれ、廃業の自由もない。よく否定派の人たちは、「将兵たちとスポーツをしたりピクニックに行ったりした」と彼女たちが楽しそうにしていたから「性奴隷」ではないと主張しますが(※4)、人は過酷な状況を生き抜くためには、泣き暮らしてばかりはいられない。だからといってその人が、その状況を喜んで受け入れたわけではないのです。

国家としての「謝罪」とは?

――世論調査では「河野談話の見直し」を求める人が年々増加しており、韓国との「慰安婦」問題については、「もうすでに何回も謝罪したじゃないか、賠償したじゃないか」と思っている人も多いようです。

林氏 まず「慰安婦」問題に対する日本政府の最初のリアクションとしては、1993年の河野談話があります。確かに「心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」としているんですが、「当時の軍の関与の下に」という言い方にとどまっている。「関与」というのは、ほかに主体がいたということで、軍や政府の責任を認めてない。しかも当時官房長官である河野洋平氏の談話で、宮澤喜一首相は謝っていないのです。

 続く村山談話は戦後50年に際し、戦争責任について抽象的・全般的な話にとどまっています。慰安婦問題の最終的かつ不可逆的な解決を確認したという15年の日韓合意は、実は文書が存在していないんですよ。共同記者会見でそれぞれの外務大臣が話しただけで、合意文書を交わしたわけではない。あの中で岸田文雄外務大臣が「安倍内閣総理大臣は日本国の内閣総理大臣として」「心からお詫びと反省の気持ちを表明する」と言ったわけですが、普通の感覚でいえば、友達を通じて「○○くんが謝ってたよ」と言われても、謝罪とは受け取らないでしょう。

 また、これまでも日本から韓国にお金を渡していますが、一度も「賠償」とは言っていないのです。目的をあいまいにしているので、「口封じ」と思われても仕方がない。そのわりに、韓国側から反発が起こると、日本政府は「すでに賠償は終わった」と主張するのだから不思議なものです。

 謝罪とはどういうことかを考える必要があります。少女像の設置に関して日本政府は反対しているけれども、どうして反対できるのでしょうか。例えば日本において、空襲や原爆被害者の慰霊碑などを建てるときに、アメリカ政府が「もうそれは終わったことだ、けしからん」と言うようなものです。また現在は学校教育の中で、自民党などの圧力によって教科書から「慰安婦」という文字が消え、問題を教える機会がない。でも過ちを繰り返さないために、後世に伝えていくことが謝罪なのです。政治家の言葉を見る限り、一応は「謝罪」しているんですが、実際は「謝る気持ちなんてない」ということを示している。「謝罪の意」があるのなら、その姿勢を継続して示すべきです。ちなみに、日本の総理大臣が自分の口で元「慰安婦」の方たちに謝ったことは一度もない。

――アジア女性基金(※5)の際には、総理大臣から被害者への「手紙」はありました。

林氏 アジア女性基金の一番の問題は、基金を受け取る人には謝罪の手紙を渡すという仕組み。受け取らない人には渡さない。「自分のお詫びの仕方を受け入れる人には謝罪するけど、受け入れない人には何もしない」なんておかしいでしょう? 謝罪は、被害を受けた人すべてにしなければならないのです。

※4 アメリカ戦争情報局心理作戦班が慰安所や「慰安婦」について調査した「日本人戦争捕虜尋問レポート」では、ビルマ・ミッチナーに設置された慰安所での様子について、「慰安婦」が将兵とピクニックに行ったり、スポーツを楽しんだり、夕食会に参加したといった記述がみられる。同レポートでは、「慰安婦」の募集について、甘言や虚偽の説明があったともしている。

※5 正式名称は「女性のためのアジア平和国民基金」。元「慰安婦」への「償い事業」のために設立された財団法人で、日本政府の出資金と民間の募金による民間基金のため、国家責任および国家賠償を求める元「慰安婦」からの反発が大きかった。 橋本龍太郎、小泉純一郎といった歴代総理の名で「元慰安婦の方々への内閣総理大臣のおわびの手紙」が出された。

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