日本のハロウィンから“パリピ”が消える? 「しんどくなった」若者が生まれるワケを専門家が考察
こうしたハロウィン文化をめぐる急速な変化は、日本での発展の仕方や日本人の国民性と関係があるようだ。
「アメリカは、文化・風土に根ざしているので、ハロウィンをすること自体に意味がある。一方の日本では、商業ベースでハロウィンが発展したこともあって、その理由づけが恐らくない。10月31日がハロウィンなのに、イベントが直前の土日に行われるのもその証拠でしょう。日本人にとってハロウィンは“やらなくてもいいもの”であり、となると、『楽しいことはしたいけど、面倒くさい』と考える人が増えてしまうのではないでしょうか。一部の人たちにとっては、“騒ぐための大義名分”であるハロウィンですが、目新しさがなくなりつつある中で、『あえてする必要がなくなった』とも言えるのでは」
アメリカでは、ハロウィンが終わると、11月の感謝祭、12月のクリスマス、そして新年と歳時記イベントが続くが、「これは祝祭として『死から生へ』という流れを表しています」という。
「けれど、日本人はそういった流れの意味を知らないでしょうし、重要視しません。であれば、ハロウィンは、別に10月にやらなくてもいい行事なんですよ。春にやったって、夏にやったっていいし、事実、夏頃からハロウィンが始まっていますしね。日本人は、ハロウィンに限らず、歳時記イベントにおいて、起源を尊重したり、それに準拠して何かをしなければいけないという意識が薄い。むしろ、それを日本文化的にどうアレンジするかを大切にしています」
関口氏の「恐らく日本人は、そこまで真面目にハロウィンについて考えていない」という言葉には、「楽しいことをしたい」「面倒くさくない」という軸で、いかようにも発展していくであろう日本流ハロウィンの今後も垣間見える。
「クリスマスやバレンタインデーも、商業ベースで発展した外来祝祭ではありますが、どちらもパーソナルな“愛情”をベースにしたコミュニケーションが発生する日という意味があり、それを伝達し合うためにプレゼントを贈り合う習慣もできています。一方ハロウィンは、クリスマスやバレンタインデーのように、“何のために、何をするものなのか”が確定されておらず、わけがわからないまま大きくなってしまった。また、街に集まって騒ぐという楽しみ方の旗振り役はテーマパークでしたが、そもそもテーマパークの根幹は“ファミリーエンターテインメント”ですから、最初は子ども向けのイベントだったんです。それが今では、若者向けのイベントという印象になったのは、ハロウィンが“誰のためのものなのか”、定まっていないからでしょう。なので今後、時代の変化によって、ハロウィンはどうとでも変わっていくと思います」
関口氏は、ハロウィンを“形式化されていない珍しいタイプの祝祭”と結論付けた。日本では、ある意味、自由な存在であるハロウィンは、時代を映す鏡としての役割も担っていくのかもしれない。