[官能小説レビュー]

SM、巨乳、ミステリー……官能小説の“いいとこ取り”を堪能するアンソロジー本『翳り』

2018/05/10 20:05
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『翳り』(双葉社)

 官能小説を読むにあたって、ぜひ最初に手に取っていただきたいのが、各社から定期的に刊行されている「アンソロジー本」である。官能小説に強い双葉社などから頻繁に出版されているアンソロジーは、さまざまな小説家の短編が収録されているので、お気に入りの作家が見つかりやすい。

 今回ご紹介する『翳り』(双葉社)は豪華官能小説家5名を揃えたアンソロジーである。本作に寄稿しているのは睦月影郎、館淳一、藍川京のベテラン勢と、安定した人気のある草凪優、牧村僚。現在の官能小説界を担う小説家が勢ぞろいした、魅力たっぷりな作品集である。

 それぞれの書き下ろしが5編収録されているが、その内容も今の「時代」を見せつけてくれる作品ばかりだ。

 先陣を切るのは唯一の女流作家である藍川京の「鬼縛り」。舞台は箱根。瀟洒な別荘に招かれた和装の女性と還暦過ぎの男。藍川らしい上品な文体と、なまめかしい性描写とのギャップはページをめくるごとにぞくぞくする。

 しっとりとした官能を楽しんだ後には、草凪優の「秘技・巨乳潰し」が収録されている。こちらは一転して草凪らしいポップで愉快な作品である。


 主人公の派遣OL・愛依の武器は、グラマーなボディとはちきれんばかりのHカップの胸。愛着のある巨乳だが、最近めっきり「ごぶさた」で、三十路が目前に迫った今、自慢のHカップが少しずつ垂れ下がって来ているように感じていた。

 結婚したい。そのためにはセックスをして、改めて女としての魅力を磨かねばと、派遣先の萎れた四十男を誘う。自信たっぷりに声をかけ、2人でカラオケボックスへ行くのだが、愛依の一番の自慢である巨乳を罵倒されることになってしまう——。

 男にとって巨乳は善か、それとも悪か。バカバカしくも永遠のテーマである「巨乳」の善悪を問う作品である。

 そのほか、館淳一は正統派なSM世界を表現、牧村僚は、官能小説の王道である秘書モノで、彼の得意分野である「太もも官能」(女性の太ももの魅力を描く)を展開、ラストを飾る睦月影郎は、ミステリアスな事件の解明を官能小説に乗せた。それぞれの特徴が鮮やかに描かれた作品ばかりが収録されている。

 長編からチャレンジするのも面白いが、それぞれの小説家のおいしいところをちょっとずつ楽しめるのは、アンソロジーならではの魅力だ。官能小説の世界へ一歩踏み出したい方には、ぜひ手にとっていただきたい1冊である。
(いしいのりえ)


最終更新:2018/05/10 20:05
翳り (双葉文庫)
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