[サイジョの本棚]

美少年、バッタ、童話作家――「偏愛」に生きる“賢くない”者たちによる魅力的な3冊

2017/07/02 16:00

真実がわからなくても、納得するまで執着

■『ありのままのアンデルセン:ヨーロッパ独り旅を追う』(晶文社刊/著: マイケル・ブース,訳: 寺西のぶ子)

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 日本食の魅力をユーモアたっぷりに描き話題を呼んだ『英国一家、日本を食べる』(亜紀書房)の著者マイケル・ブース氏による『ありのままのアンデルセン:ヨーロッパ独り旅を追う』は、童話作家として世界的に知られるアンデルセンの知られざる魅力に憑かれた著者が、172年前のアンデルセンの一人旅を再現し、その素顔に迫ろうとする異色の旅行記だ。

 結婚を機にデンマークで暮らすことになった著者は、語学学校を通して、アンデルセン作品『人魚姫』の魅力に触れる。原語であるデンマーク語で読んだ『人魚姫』は、英語で読んだ『人魚姫』とも、広く知られるディズニー作品とも違う、人間の弱さ、暗さ、エロティシズムを表現した作品だった。アンデルセンに惹かれた著者は、“人間アンデルセン”の実態をさらに深く知るために、残された自伝や旅行記を元に、できる限り同じルートをたどる旅を始める――。

 ドイツ、イタリア、ギリシャ、オーストリアなど欧州各国を渡り歩き、その土地の風土や国民性の違いを記した旅行記でありながら、資料や現地取材に基づいて、アンデルセンの素顔を明らかにしていく評伝でもある本書。日記や書簡、多くの先行研究をもとに、貧しい家に生まれ育ち、自らの容姿にコンプレックスを持ち、有名人や貴族から称賛されることに人一倍飢えていたことを明らかにする。


 さらに著者は、諸説あるアンデルセンの性的嗜好に関しても踏み込んでいく。プロポーズした女性への執着や、ラブレターにしか見えない男性への手紙から想像されるアンデルセンの心情を、まるで当時の彼を見ていたかのように細かに描写し、バイセクシュアル傾向であったと分析する著者。ほとんどの関係者が亡くなっている今、真実がわかることはないだろうが、執着とも呼べる著者の丁寧な読み込みに、舌を巻く読者も多いだろう。

 本書では、資料からわかるアンデルセンの見栄っぱりな一面や、俗物的な一面も、淡々と明らかにされていく。欠点ばかりのようでも、著者をはじめとした多くの研究者を惹きつけて離さないのは、世界的に知られた童話群に、彼が悩み向き合った自身のそうした欠点や悩みが昇華されていることに気づかされるからだろう。ぜひ本書を通して、アンデルセンの素顔の一部に触れてみてほしい。
(保田夏子)

最終更新:2017/07/02 16:00