[連載]安彦麻理絵のブスと女と人生と

「元気で若かった頃の自分にサヨーナラ」45歳の誕生日、老いより“死”が近づいてきた

2014/06/29 21:00

「閉経したら、こんな事もうなくなるからっっっ!!!」

 ……思いっきり開き直っていたのであった。こんなセリフは、もう少し若かった時には絶対に出てこなかったセリフだ。「閉経」というものが、もうあと何年後だかに確実にやってくるという実感があるからこそ、腹の底から出てきたのだと思う。思えば私はこの、げっけーまえのぴーえむえす、ってやつに、長男を産んだあたりからずーーーっと苦しめられてきた。女友達に「ピル飲んだら楽になったよ」と言われて、最近は低容量のピルを飲んでたのだが、しかしまぁそれでも、くる時はくる。毎月ではなくとも、突然『八つ墓村』状態……頭にナショナルの電灯くくりつけ、日本刀と猟銃持って大暴れしてた山崎努のようになってるんじゃないか、と思う時があるのだ。けれど、閉経したら、そんな八つ墓状態とも、きっとオサラバできるはずである。

 そう考えると、「ああ、『枯れる』ってなんて素晴らしい……!!!」と、心底思ってしまうのである。しかし、まだ小さい子どもらからすれば、母親がそんなふうに「おかしくなる」のはハッキリ言って「恐怖」なハズである。だから、子どもに対しては開き直るなんてことは到底できず、ただひたすら、本当に申し訳ない、と、平謝りするしかないのである。……しかし。平謝りしながらも、その時の私の額には、グッキリと……あの、田房永子さんの名著『ママだって、人間』(河出書房新社)、そう、「ママだって、人間」というフレーズが、グッキリと額に浮き出てるのではないかと思われるのだった。

 ところで先日、長男が生まれた時からずーっと使ってたベビーカーを、ついに粗大ゴミに出した。以前は「もう、こんなもの、玄関の中ですんげージャマ!!」とか、「早く処分したい!!」という思いしかなかったのに、いざ粗大ゴミに出したら、なんだか胸がギューッとなって、うっかり泣きそうになった。コレに子ども乗せて、うんせうんせと猛暑の中も台風の中も、保育園だのいろんなとこへ行ったわけだと思い出された。「ありがとうございました、お疲れさまでした」というベビーカーへの思いと、そして、「もう、うちに赤ん坊がやってくることはないんだな」というミョーなさびしさ。別に「もっと産みたかった!!」なんて、ハナクソほども思ってないのに無性にさびしい。きっとそのさびしさは、「子ども4人も産んで元気で若かった頃の自分にサヨーナラ」だったのではないかと思われる。


最終更新:2019/05/21 16:23
『ママだって、人間』
女の人生、後編こそが晴れ舞台