『誰も知らないわたしたちのこと』著者シモーナ・スパラコ氏来日講演

完璧を求める社会が闇に追いやった、出生前診断による選択的中絶問題

2014/04/10 22:00
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イタリアと日本は決して異なる環境ではないと話すシモーナさん

 昨年、それまでの羊水検査よりリスクも低く比較的早い段階から検査が可能な、血液による「新型出生前診断」が導入され、大きな話題となった。しかし日本では倫理的な観点から、その利用の是非については意見が分かれている。

 『誰も知らないわたしたちのこと』(紀伊國屋書店)は、出生前診断で胎児に重篤な障害があることが判明し、中絶を迫られたカップルの絶望と再生の物語。中絶に反対の姿勢を貫くカトリック教会信者が人口の9割近くを占めるイタリアで、この小説はクチコミで広がり、イタリア最高の文学賞であるストレーガ賞の最終候補に挙がった。4月4日、著者であるシモーナ・スパラコ氏が来日し、日本の読者の前で講演を行った。イタリアと日本、宗教も文化も違う2つの国におけるいくつもの類似点を発見すると同時に、暗闇に置かれたままである「選択的中絶」問題の難しさが浮き彫りとなった。

 物語の主人公、ルーチェは人気のコラムニスト。「ルーチェ」とはイタリア語で「光」を意味する。そして「子どもを産むこと」は「光を与える」と表現される。裕福な家庭に育ったピエトロとは結婚はしてはいないもののパートナーの関係にあり、互いに子どもを熱望していた。そして5年にわたる不妊の末、ようやく妊娠。しかし出生前診断により、胎児には重篤な障害があることが判明する。短い時間の中で、選択的中絶を迫られるルーチェとピエトロ。そして双方の家族を巻き込みながら、2人は暗く長いトンネルに入っていく。お互いに傷つけ合いながら、そのトンネルの先にわずかな光を見つけるまで。

 「この物語を書くことに対して、私は自分が経験した死別の苦しみとも向き合わなければなりませんでした」。講演会の冒頭で話し始めたシモーナ氏は、ルーチェと状況は異なるものの、自身も子どもを死産した経験を持つ。「文学にはある現実を描写して世間に知らしめる役割、読む人が自分の経験と重ね合わせる可能性を提示するという役割があります。しかしルーチェのような体験をしてきた人は、孤独の中でやり過ごすしかなかった。ほんのわずか、インターネットのコミュニティの中でだけ、同じ体験をしたもの同士が気持ちを吐露できる。そんな“誰も知らない世界”を引っ張り出したかった。問題を解決するのではなく、あなたのすぐ隣にこうしたつらい選択を迫られた女性がいることを知ってほしかったのです」

 氏は「社会の成熟度は、どれだけタブーを克服できるかというところにあります」と語り、講演で何人もの「私こそルーチェ」という読者に出会ったという。「私が思っていた以上に、日本の読者の心に届いているということを感じます。日本とイタリアは法制的な問題についても、出生前診断に疑問や問題提起があるという点に関しても、非常に似たような状況にあるのではないでしょうか」


 シモーナ氏たっての希望で、本講演会では時間の半分が質疑応答に充てられた。最も多かった質問はやはり、イタリアにおける出生前診断と選択的中絶の現状について。日本では費用も高く、誰もが出生前診断を受けられるわけではない。

 「羊水検査はイタリアでもかなりコストが高いです。ただ、イタリアの場合は35歳を超えると無料で受けることができる。そして羊水検査で異常があるとわかった人の90%が、妊娠を中断する選択をしているのです。治療的中絶に関しては、日本は22週目までと聞きましたが、イタリアは23週目までであれば可能です。ルーチェが中絶を行ったイギリスでは、妊娠期間ではなく、胎児の障害の重篤さによって中絶が決定されます」

 しかしここで、イタリアでの驚くべき実情が明らかになる。「実際にはイタリアでは中絶を拒否する医師が多く、あと5年10年でイタリアで中絶するのは不可能になるのではないかと言われています。最近の調査によると、良心的中絶反対の立場を取った医師の方が、中絶を受け入れる医師よりも高いキャリアを積めるということらしいです」。イタリアにおいては制度と倫理、そして医師のキャリアという3つの要素が、現在中絶問題において議論の的になっているということだ。

誰も知らないわたしたちのこと