サイゾーウーマンカルチャーブックレビュー仕事でも“誰にも嫌われたくない”? カルチャー ブックレビュー 仕事でも“誰にも嫌われたくない”現代人の救いの書『督促OL 修行日記』 2012/12/09 11:45 アイテムブックレビュー 『督促OL 修行日記』(榎本まみ、文藝春秋) 「人を笑顔にする仕事」「お客様からの『ありがとう』という言葉がやり甲斐です」……就職サイトをめぐれば簡単に見つけられる、この種の言葉。でも、働いたことがある人には言うまでもなく、どんな仕事に就いたとしても、常に周りから感謝されるとは限らない。むしろ懸命に仕事をすることで、他人から嫌われることすらある。そんな時、その仕事とどう向き合っていけばいいのか? 実在のOLが、自分の仕事について綴った『督促OL 修行日記』(榎本まみ、文藝春秋)は、あまり表で語られることのない「仕事で人に嫌われること」に明るく向き合った一冊だ。 ここで言う「督促」は、簡単に言うと「期限を過ぎた借金の取り立て」。主には、カードなどで品物を買ったまま支払いをしていない客に、「お金返してください」と電話をかけ続ける仕事だ。電話を取るなり罵倒されたり、「今から殺しにいく」と脅されたりする過酷な「業界あるあるエピソード」が、高田純次風の上司や美人で毒舌の先輩、罵倒されることを喜びとする三浦春馬似のエースなど、濃いキャラクターとのやり取りと共に、コミカルに描かれている。 そもそも督促とは、突き詰めれば「1日中、自分のことを望んでいない相手と、強制的にコミュニケーションを取らされる」という仕事。高度なコミュニケーションスキルが必要とされる職種だが、就職氷河期にやっと内定をもらった著者は、宗教勧誘やキャッチセールスにつかまって話を聞いてしまうような、人より弱気なタイプだった。 当然督促も苦手で、客からの恫喝に近い悪口に怯え、傷つき、回収成績がダントツに低いことから社内でも叱られる。重なるストレスと疲れで毎夜のように発熱し、鼻血を出し、アレルギーで肌もボロボロになる――。それは著者だけではなく、仕事の成績は良かったのに、「仕事なのにお客さまに嫌われるのが耐えられなくて」と辞めた同期のかわいい女の子を筆頭に、心や体調を崩して倒れていく同僚・先輩たち。辞める人が後を絶たない惨状の中、それでも著者は、なぜか逃げ出さずに、仕事と向き合っていく道を選ぶ。 仕事で病んでいく彼女ら(彼ら)の姿を通して浮き彫りになるのは、仕事の面でも「人に嫌われたくない」「自分を低く扱われたくない」と強く感じて疲弊してしまう、過敏なほどの自尊心が備わってしまった私たち自身の姿だ。 社会で生きていく以上、「人に嫌われたくない」という気持ちは自然な感覚だ。でも、時には人に嫌われても何かを進めざるを得ないケースはある。まして、ここで嫌われる相手とは、「督促という仕事で、電話で一時的にしか関わらない、お互い顔も知らない、借金の期限を破った」人物。理屈で考えれば、どう思われようが大きな影響はないはずだ。それでも、自分が悪くないのに頭を下げるのはどうしてもムカつくし、ネガティブな反応を受け続ければ気に病んでしまう。たとえ自分の実像とはかけ離れている“仕事としての態度”でも、自分を否定されたり嫌われたりすると、そのネガティブな感情をまともに食らって、我慢できないほどストレスを感じてしまう。そこにあるのは、過剰な自己防衛だ。 そして、督促されて怒り出す人々の方にも実は「(借金を踏み倒している)罪悪感を刺激されたくない」という感情が根底にある、と著者は分析する。督促する側と根っこは同じ、自尊心を傷つけられたくない防衛反応が、むやみに彼らを攻撃的にしているのだ。 著者は、そんな自分や相手の過剰な防衛反応と向き合い、“面白がる”ことで、罵倒されるつらさを回避する方法を覚えていく。作中でも、どんなにシビアなエピソードが書かれている時も、思わず読者が笑ってしまうような瞬間が一緒に盛り込まれている。相手に怒鳴られている時でも、“笑いどころ”をクッションにすることで冷静になり、相手の「自尊心」をどう溶かすか、その場に合った言葉を選べるようになっていく。それは、著者が「人一倍コミュ力が低い」と自認し、傷つきやすかった頃には得られなかった、コミュニケーションスキルの一つなのだ。 『督促OL』ほど濃縮された形ではなくても、私たちは大抵の仕事で、人から傷つけられ、嫌われる局面に遭遇する。理不尽な客のクレーム、的外れな悪口、そして、それらに対する自分自身の対応の未熟さ――。そんな現実を必要以上に怖がることなく、むしろ笑って向き合う感覚が必要とされる現代。『督促OL 修行日記』は、嫌われることを恐れる人にとって、もしくは今まさに傷ついている人にとって、したたかに今日を乗り越えるための心強い味方になるだろう。 (保田夏子) 最終更新:2012/12/09 11:45 Amazon 『督促OL 修行日記』 サイ女の仕事も似たようなものです 関連記事 友情の頂点と終焉、どちらもが一瞬のきらめきを持つ『奇貨』女は矮小化した? 常識の枠を飛び越えた岡本かの子らの人生を見つめ直すユーモア精神、無理っすわ~! 『夫とは、したくない。』の導く珍アンサー『ギャルと不思議ちゃん』から“女子”“ガール”へ……女の子たちの戦争の果て支配したがる母からの自立と自尊心を取り戻す過程を描く、『母がしんどい』 次の記事 米お騒がせママセレブは? >