[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第28回

40代の心に潜む永遠の“少女性”に気付かせる『君の天井は僕の床』

2012/12/16 16:00
『君の天井は僕の床』(集英社)

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
鴨居まさね
『君の天井は僕の床』1~3巻(以下続刊)
集英社クイーンズコミックス 各440円

 そもそもからして老眼鏡のお話からこの物語は始まります。デートで浅草寺に行っては常香爐の煙を浴びて「頭・目・肩・腕……いっそこの中で全身スモークされたいな」とつぶやき、夫に陰毛の白髪を発見された友人の話題で恐怖に打ち震え、結婚相手にするなら国民年金(フリーランス)がいいか厚生年金(会社員)がいいかで悩み、結婚を前にして自分たちが入る墓を想う……そんなOVER40の男女が、このマンガの主人公です。40代前半のエディトリアルデザイナー・鳥田まりさんと、1歳年下で近所のビルのオーナー・本間さん。ポール・サイモンの往年の名曲「One Man’s Ceiling Is Another Man’s Floor」からタイトルをとった鴨居まさね先生の最新シリーズ『君の天井は僕の床』は、大人ゆえにもどかしい、それゆえに傍から見るとすこぶる楽しい恋物語であります。

 そのもどかしさは、例えば第1話の屋上のエピソードが象徴的です。お互いに、なんとはなしに気になっている鳥田さんと本間さん。仕事で煮詰まった鳥田さんはある日、高所恐怖症であるにもかかわらず、一念発起して本間さんがいる屋上へと上がります。「屋上はステキなところ」だと自己暗示をかけ、顔に縦線走らせながら、それでも必死に屋上へとのぼる鳥田さん。本間さんがいる「屋上への恐怖感」は、高所恐怖症だけが原因ではありません。それは長いこと恋にご無沙汰していたがゆえの、そして何歳になろうとも変わることのない「恋愛への恐怖感」をも同時に表現していることでしょう。なんという甘酸っぱさ……!

 本作は徹頭徹尾「少女マンガ」であるのです。もちろん40歳を超えた女性を「少女」とは呼べませんが、しかし恋を前にして身を震わせる鳥田さんの中にある「少女性」を、いったい誰が否定できましょう。「少女性」と「幼稚性」はまったく異なります。鴨居先生が本作で抽出し、表現して見せるのは、あらゆる年代の女性の心の中に潜む、永遠の「少女性」です。

 その一方では、歳相応の深謀遠慮があります。本間さんから自宅へと誘われた鳥田さんは、その申し出を断ります。「だんだんもったいなくなって入れなかった」「あっけなくひととおりを駆け抜ける自分が見えちゃって」と言う鳥田さんは、また別の場面ではスカートについていた糸くずを本間さんが取ってくれたことにとても喜びます。「太ももに手が当たったくらいでドキドキできる時間って貴重だなーって」。ひと通り知ってしまった女子の、それゆえにもしかしたら一度は絶望したかもしれない女子の幸せと希望が、ここにはあります。


 そして、本作はまた「少女マンガとは何か?」という問いを提示してみせることでしょう。「週刊少年ジャンプ」(集英社)の読者の多くが女性であり、また「週刊モーニング」(講談社)などの青年マンガ誌にBLや少女マンガ出身の作家が数多く連載を持つというボーダーレス化の中にあって、鴨居先生と集英社の女性向けマンガ誌は頑なに、そして生真面目に「少女マンガ」をやろうとしているように見えます。そうした流れの中での『君の天井は僕の床』(少女マンガの対象年齢の拡張)であり、またアルコ先生と河原和音先生による『俺物語!!』(少女マンガのビジュアル表現の拡張)であると、わたしは考えます。少女マンガの静かな、しかし重要なこの革命を、どうぞお見逃しなきよう。

小田真琴(おだ・まこと)
少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する1977年生まれO型牡羊座。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。

最終更新:2014/04/01 11:28
『君の天井は僕の床 1 』
少女性を持て余してるあなた、読むべき