[連載]マンガ・日本メイ作劇場第21回

時代を逆行する設定とやわらかな絵で、殺伐とした話が紛れた『夢の果て』

2012/04/22 19:00
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『夢の果て』文庫版1巻(北原文野、
早川書房)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 「未来を読む」というのは、結構大変な能力がいる。特に、機械の進化を正しく予測するのは、とても難しい。例えば某アニメで、宇宙戦艦が造れるような技術力があるのに、なぜか電話はランドセル並みにでっかく描かれていたり。まあ細かいところを探せば、山ほどそんな箇所が出てくるわけで、それでも視聴者がそのウソを「まあいいか」と許せる作品は、ストーリー全体の比率の中でウソの割合が低く、人間関係の描き方や話の展開のリアルさがそれを上回るものだろう。

 ましてや、この20年の間のパソコンやインターネットの浸透速度を誰が予測できただろう。あっという間にコンピュータは一般人が当たり前に使う時代になったし、そろそろ人型ロボットだって市販されそうだ。20年前に、コンピュータ関連の情報に関して、先が読めなかった作品があったとしても仕方がない。

 『夢の果て』は、核戦争により放射能が充満した地上に住めなくなった人類が地下で暮らすようになってからのお話である。そこで「P」と呼ばれるエスパーたちが、迫害されたり陰謀があったりなんだりするというもの。

 「Pはその特別な力を使って悪いことをするから迫害されるべきだ」という考えの下、超能力がばれると強制的に収容され、密かに殺されてしまう。「P殺害計画」についての情報を一介の病院事務員がパスワードを解読し、陰謀の全容を知ってしまうところから事件が始まる。

 こう書くとスリルとサスペンスの話のようだけど、その陰謀を知るべく入力したパスワードとは、「trump」、トランプなのだ。そしてその陰謀の名前は「トランプ計画」。


 ……銀行業務もネットで済ませる昨今、「第三者が容易に想像がつきそうなパスワードは使ってはいけません」というのは常識である。トランプ計画のパスワードが「trump」って……。もう侵入してくださいと言わんばかりである。和久井香菜子の口座パスワードは「和久井」です、みたいな。

 しかも数十年後、同じパスワードを使って女性の友人がコンピュータに侵入し、陰謀を知ってしまうのである。そしてまたあれこれ問題が起こるのだ。えーとトランプ計画の首謀者達は、一体何をなさっているのでしょう。これも想定外の事件なのでしょうか。

 第三者に分かりにくいパスワードにすることはもちろん、定期的にパスワードを変えるというのも、ネット社会では常識である。呑気なトランプ計画首謀者さんたち、誰にでも思いつきそうなパスワードを長年使い続けるとは、これはもう間違いなく、「パスワードを破ってください」と思っているに違いない。

 もちろん、この作品が発表された80年代半ばは、パソコンどころかワープロが普及していた時代、「パスワード」などというものは一般市民になじみがなかった。機密保持に関する意識がこうも変わることを作者が見抜けなかったのは仕方のないことだ。

 パスワードの看破は物語の根幹をなす部分なので、ここがウソっぽいとどうにも話が安っぽくなってしまうのだけれど、そこは時代の流れということで大目に見よう。


 20世紀になって突如発展した心理学は、見る間にあらゆる社会に応用され、人権という言葉も広がってきた。あらゆる差別は否定される方向に動いているし、「相手を自分の思うとおりに動かすためには、否定をするのではなく認めることだ」というコミュニケーションの技術も浸透してきている。そこへもって「積極的にPを迫害しています」という設定も、なんだか時代を逆行しているように思えるのだ。

 いや、でもそれもここは大目に見てじっくりと読み直してみよう。そうすると、気付くことがある。

 『夢の果て』は、ふんわりやわらかな絵柄で、メルヘンチックな衣装を着たキャラクターたちが駆け回る……いや、よく見ると、駆け回る程度の話じゃないな。ガンガン殴るわ蹴るわ、撃つわ大けが負うわ、その挙げ句に主人公格を次々と惜しみなくぶっ殺す、冷血サバイバルストーリーなのである。うわあ、分かんなかった! もしも同じ話を、おどろおどろしいシリアスタッチのささやななえこが描いたら、ものすごく息苦しい話になっていたに違いない。

 コンピュータの記述がなんだかウソっぽくなっちゃったことに加えて、精神的逆行と、この絵のタッチとストーリーのミスマッチ。これらが幸か不幸か、読者を深くこの非情なサバイバルワールドにドップリと引き込むことなく、トラウマを与えることもなくユルーい感じで楽しませてくれるのである。ウソっぽいのも、善し悪しということです。

■メイ作判定
迷作:名作=3:7

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和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。女性向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。

『夢の果て』

出てくる男性、みな中性的

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最終更新:2014/04/01 11:31