老いゆく親と、どう向き合う?【1回】

明るく聡明だった母が──せん妄であらわになった“母の本心”と、戻れない親子関係

2026/03/26 14:00
坂口鈴香

※本記事は2019年の記事を再編集したものです

 近年、親の老いや介護をめぐり、子ども側の“美談ではない”本音が語られるようになった。ドキュメンタリーや当事者の発信を通じて、戸惑いや葛藤が知られつつある。

  老いに伴う言動や、あらわになる感情──それは、信じてきた“親の姿”が揺るがされるほど強いものだ。「親だから理解したい」と思いながらも、受け止めきれない。出口のない感情の中で、子どもは親と向き合うことになる。

 サイゾーウーマンでは、長らくこのテーマと向き合い「老いゆく親と、どう向き合う?」シリーズとして伝えてきた。親と向き合った多くの人々の体験談の中から、2019年に公開した記事を再掲する。

病室のベッドで横たわる高齢者
(画像:写真AC)

 あえて言おう。「ピンピンコロリ」は幻想だ。シリーズを始めるにあたって、まずはこの文を読んでほしい。

【大方の高齢者は、70代までは元気であっても、晩年期の80代、90代の老いの坂を「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける「ピンピン・ヨロヨロ・ドタリ」の高齢期を生きる時代になっている】『百まで生きる覚悟』(春日キスヨ、光文社刊)

 平均寿命が延びて、人生100年時代になろうとも、人間は必ず老い衰えていく。「ピンピンコロリ」が叶うのは“少数の幸運な人だけ”(前掲書)なのだ。そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか――。

 “終活”ならぬ“終末”ライター・坂口鈴香が、さまざまな家族の姿から考えます。

明るく聡明な母を尊敬していた

 岩崎武志さん(仮名・54)は大手企業の管理職だ。東京近郊で妻、娘と暮らしている。妻の実家は歩いて5分ほどの“スープの冷めない距離“にある。妻の両親も健在で、妻や娘は頻繁に行き来しており、平日は遅くまで仕事、週末はゴルフで忙しい岩崎さんにとっては、安心できる環境だと思っている。

 北海道出身の岩崎さんは、大学入学時に実家を出て以来ずっと首都圏で暮らしてきた。父親は早くに亡くなった。80代の母親は北海道の実家で一人暮らしをしているが、今のところ足腰もしっかりしているし、社交的な性格で友人や親せきも周りにたくさんいる。

 それに、姉が実家から車で15分ほどの場所に住んでいるので何かあっても安心とばかりに、岩崎さんは年に1回帰省する程度で済ませていた。とはいえ、妻や娘も「明るく聡明なおばあちゃん」のことを慕っており、電話でよく会話もしていた。

「離れて暮らしていることもあるのでしょうが、妻は母から嫌な思いをさせられたことは一度もないと言っていて、関係は良好。私もしっかり者の母を誇りに思っていました」

 こんなエピソードもある。岩崎さんの一人娘は、高校入学後まもなく登校できなくなった。望んでいた高校ではなかったこと、親の期待に応えられなかったことなどから、家から外に出ることができなくなったのだ。

 岩崎さんも心配したが、妻の心労は人一倍だった。日頃から、孫をかわいがっていた妻の両親はオロオロするばかりで、どう対処したらよいのかわからない。腫れ物に触るような毎日を過ごしていた。

 いらぬ心配をかけまいと、岩崎さんの母には何も伝えていなかったが、その年の暮れに一人で帰省した岩崎さんは事情を打ち明けざるを得なかった。

「なるべく深刻にならないよう伝えたつもりだったんですが、母には娘のつらさや妻の憔悴がわかったんだと思います。母は『今は本人が居場所を探しているとき。自分で見つけ出すことができるまで、周りは静かに見守るしかないね』と言ってくれました」

 暗闇に光が差し込むように感じた。岩崎さんは、妻にも母の言葉を伝え、娘を信じて見守ることにしたのだ。

 そして1年ほどたつと、娘は自ら高校を中退。フリースクールに通いながら大検を受け、今は希望の大学に楽しそうに通っている。

「正直なところ、私たちが望んでいたような大学ではありませんでしたが、娘の選択を尊重することができているのは、母の言葉があったからです。改めて母を見直しました」

せん妄状態の母が発した言葉

 姉から「お母さんが入院した」という連絡が来たのは、岩崎さん一家に穏やかな日常が戻ってしばらく経ったころだった。トイレで倒れている母を姉が発見し、救急車で病院に運んだという。

「原因は不明だったものの生命にかかわる状態ではないとのことでしたし、姉が毎日病院に行ってくれているようなので、ひとまず大丈夫だろうと。ちょうど仕事も忙しい時期だったため、様子を聞きながらも姉任せにしていたんです」

 そんな岩崎さんのもとに電話が入った。姉の長女からだった。

「姪から怒られてしまいました。『おじちゃん、自分のお母さんでしょ。何やってるの?』と。『これまでも、うちのお母さんは仕事しながら、おばあちゃんの様子を頻繁に見に行っていた。それは娘だから当然だけど、今回の入院でさすがにお母さんも疲れている。おじちゃんもおばあちゃんの子どもなら、お母さんと替わってあげるくらいしたら?』って、これにはこたえました」

 姪の怒りももっともだ。慌てて金曜の夜、仕事を終えると飛行機に乗り、母親の病院に駆け付けた。

「面会時間は過ぎていましたが、事情を話して母の部屋に行きました。母は寝ているようでしたので、起こさないように座っていたのですが、ふと母が目を覚まして僕を見たんです。それで『お母さん、大変だったね。大丈夫?』と声をかけたところ、母はこれまで見たことのない厳しい表情に変わったんです」

 もう一度「お母さん」と呼んで手を握った岩崎さんに、母親は厳しい表情のまま、吐き捨てるように言ったのだ。

 「息子は、嫁の家に盗られてしまって、いないも同然」と――

「おそらく入院して環境が変わったことによる“せん妄”だったんでしょう。そうだとわかってはいても、これが母がずっと胸にしまっていた本心だと思えて仕方ないんです。めったに顔を出さない僕のことはもういないものとして、あきらめようとしていたんじゃないかと思うと、なんとも……」

 幸いなことに、その後母親は回復し、岩崎さんの毎週末の帰省は2カ月ほどで終わった。

「正直ヘトヘトでしたが、姪への意地もありし、頑張るしかありませんでした。でもこれ以上続くとこちらがダウンでしたね。遠距離介護をしている人を尊敬しますよ」

 母にはもちろん、姉にも、妻にも、せん妄時の言葉は伝えていない。

 母は再び元の穏やかな母に戻り、一人暮らしを再開した。でも、もう岩崎さんは母の入院前の自分には戻れない。

 「息子は、嫁の家に盗られてしまった」という言葉は、今もはっきり耳に残っている。

「老いゆく親と、どう向き合う?」シリーズでは、遠距離介護やきょうだい間の負担の偏りなど、家族が直面する現実と複雑な感情を取り上げてきました。

「老いゆく親と、どう向き合う?」シリーズバックンナンバー

最終更新:2026/03/26 14:00
向き合うのは悲しいけど、逃げたくないね