【堀江宏樹の歴史の窓から】

フジ『大奥』最終回が描いた、史実上あまりに有害な2つの出来事とは? 田沼と松平めぐる注意点

2024/03/31 08:15
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)
見事演じきった小芝風花(撮影:サイゾーウーマン)

最終話を迎えた『大奥』(フジテレビ系)。同シリーズの熱心なファンである歴史エッセイスト・堀江宏樹氏が、歴史改変だらけの今作について振り返ります。

目次

田沼意次も徳川家治もクリスチャンだったの?
『大奥』最終回、史実上あまりに有害だった2つの点
フジテレビ版『大奥』の歴史上、ある意味「殿堂入り」
『大奥』の世界観を根底から揺るがしかねないポイント

田沼意次も徳川家治もクリスチャンだったの?

 個人的には今期のドラマ最大の問題作だったのではないかと思われる『大奥』。3月27日放送の第11回が最終回となりました。きれいにまとめるのであれば、脚本に書かれた文字がどんなものでも、それを「真実」にまで高められるのが俳優という人々なのだな、と感服しました。本音でいうなら、あんなデタラメな脚本でよくあれだけの演技をアウトプットできるものだと、びっくりしてしまったものです。

 最終回は、浅間山の噴火以外、完全に嘘っぱちで史実性ゼロという記録的内容だったと思います。ほんとうに大炎上でしたし、江戸城まで燃えていました。燃え盛る江戸城の中で、田沼意次が亡くなった家治にむかって「あなた様は天国、某(それがし)は地獄」などといいながら切腹自害するシーンには驚愕しました。「天国って……田沼も家治もクリスチャンだったの?」とテレビに語りかけてしまいました。

 仏教徒であるなら「天国」ではなく「極楽」のはずです。現代口語ならともかく、時代劇でいえば「極楽」にすべきなのですが、フジテレビのチェック体制ってどうなってしまっているのだろうか……と悩ましい思いに苛まれました。最終回は、田沼だけでなく、見ているこちらまで地獄のトロ火――業火というには火力が足りず、生殺しにされている感だけすごい気持ちにされたと思います。


 なぜ史実にはない大火事が江戸城内で起きていたのかというと、今回のドラマは東映の撮影協力のもと、東映系のスタジオが使用されており、往年の東映映画にはあの名作『吉原炎上』が名前を連ねていますから、とりあえず吉原と江戸城は大炎上させないと終われなかったのかもしれません。――が、本当に燃やす意味ってあったのでしょうか? これがホントの炎上商法? というようなよくわからない設定でした。

『大奥』最終回、史実上あまりに有害だった2つのポイント

 家治より倫子が長生きし、家治の死後に万寿姫を出産するとか、史実では結婚前に亡くなった姫が生き延びて嫁ぐとか、最終回の内容については、史実ガン無視通り越してSFモノか、異世界転生モノというレベルなのでツッコミさえ入れられません。

 しかし、以下の二つは、学生さんたちに見せるにはあまりに有害だったので、注意してください。

1.田沼意次は放火したりしていない

 10代将軍・家治の死の直後に田沼意次は権力の座から追放されていますが、その後、腹いせに江戸城に火を放ったり、将軍の御座所でハラキリしたりはしていません。

2.松平定信は11代将軍・家斉に仕え、対立して「クビ」になった

 史実の松平定信は、倫子から罷免を言い渡されたのではなく、11代将軍・家斉が若き日つまり、彼がまだやる気に満ちあふれていたころ、老中首座として抜てきされましたが、のちに罷免されてしまっています。松平が推し進めた質素倹約や娯楽の排除といった「寛政の改革」の内容自体は、後任者――いわゆる「寛政の遺老」に受け継がれたので、松平と家斉の間に個人的な衝突があったと考えられています。


 ドラマでは鈴木福さんが演じていましたが、史実の家斉には「オットセイ将軍」との異名があり、精力抜群すぎて、一説に55人かそれ以上の子どもがいたといわれます。学生さんは「オットセイ将軍」は覚えなくていいので、田沼と松平については、ドラマの内容に引きずられないようにしてください。

フジテレビ版『大奥』の歴史上、ある意味「殿堂入り」

 さて……、最後にフジテレビ版『大奥』の歴史の中で、今期の『大奥』を振り返ってみましょうか。

 20年ほど前の筆者は、NHKの「大河ドラマ」は見てはいるけれど、そこまで日本史全般には興味がなかった層なのですが、2003年に放送されたフジテレビの『大奥』を見て、「なんじゃこりゃ」と江戸時代や徳川家に興味関心を急速につのらせたという経験があります。奥女中が羽織っている打ち掛けなどは、現在の着物の着こなしにはほぼ登場しないアイテムですし、いろいろと斬新だったのですね。

 ただ、20年前でも、時代劇マニアたちにいわせれば、フジテレビで1968年放送の「初代」『大奥』は豪華絢爛女優絵巻で、内容もすごかったが、83年に制作された「2代目」はだいぶ内容が薄くなっていたし、筆者が刮目した2003年版(とそれ以降)などは、着物の着つけ、着こなしの時点から、現代風すぎて取るに足りないと吐き捨てられてしまったものです。しかし、現代人にはこういう新しい感覚の時代劇を見せたいんだ! という作り手の熱意はすごかったと思うのですね。

 それと比べて今期の『大奥』は、やはり「何も言えねぇ……」とまとめるしかなく、残念でした。演者の方々が熱演であればあるほど、見ている側はいたたまれなくなるという、時代モノとしてはNHKの「大河」『花燃ゆ』(15)以上の強い違和感がありました。ある意味、殿堂入りの作品に出会えたのは「幸福」というべきなのでしょうか。

『大奥』の世界観を根底から揺るがしかねないポイント

 今回で本当に『大奥』のレビューはおしまいですから、最後にいくつか言っておきますかね。

 放送中にはあえて触れませんでしたが、「家治が将軍家の血筋ではない」とか「将軍が誰の子でもいいではありませんか」的な青臭い「階級闘争」は、いくら疑惑にすぎなかったとはいえ、『大奥』の世界観を根底から揺るがしかねないので避けるべきだったと思います。

 放送第1回目で、家治と結婚したくない倫子がダラダラしていたのに、一瞬で「おすべらかし」にヘアセットして登場した時点で、「あぁ、このドラマはこういうノリなんだ」と感じ、期待できないなぁ……と正直なところ思っていたのです。

 史実の高貴な女性が、「おすべらかし」を結わねばならない日は、外が暗い内から起きて、結い上げるときにグイグイと髪をひっぱられ、涙を浮かべて痛みに耐えてあの髪形に仕上げるものなのですが、このドラマは、そういうことを何も知らないのか、あるいは知っていても完全に忘れて自由に作っているのか、どちらかだと感じていました。

 結局、どっちだったかは、読者の方々のご判断にお任せしますが、それでも今回の『大奥』では「サイコパス定信」をこの上なく楽しそうに演じる舘様こと宮舘涼太さん、ずっと根暗な感じでも、なんとか見どころを作ってくれる亀梨和也さん、そして小芝風花さんというお若いながらも演技派の女優について知ることができたのは収穫だったと思います。

 小芝さんは来年のNHK大河『べらぼう』では吉原の遊女・花の井を演じられるとのことですが、相対的に重たい江戸時代用の女性カツラの中でも、花魁のカツラはとりわけ重く、肩から首にかけてめちゃくちゃ大変らしいので、どうかご安全に……。

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2024/03/31 08:15
あの世界観にハマってた舘様ってやっぱり存在がフィクション強め