YouTuber・ヒカルの文体は、村上春樹に似ている――初エッセイ『心配すんな。全部上手くいく。』レビュー
3つ目の根拠は、一文一文が短く(「イエスだ」「最高だ」「必ずだ」「僕だ」「ノーだ」「愚かだ」など)、それでいて畳みかけるようなリズムがあり、子どもにとにかく読みやすいことだ。
おそらく、読みやすくするためだと思うが、2択を迫る文も多い。
「やるか、やらないか。それだけだ」
「ありか、なしか。ありだ」
「失敗には2つある。良い失敗と、悪い失敗だ」
「考えるか、考えないか、あるのはその二択だけだ」
「世のなかには2種類の人がいる。運のいい人と、運の悪い人だ」
「炎上には2種類ある。『どうでもいい炎上』と『悪い炎上』だ」
などである。
また、イメージを膨らませやすくするためか、ヒカルはたとえを使いこなす。前述したマンガやゲームのほかにも、「そばアレルギーの人がアレルギーを克服するために大量のそばを食べるだろうか?」などがある。
これらの特徴から、ある有名作家をイメージできないだろうか? そうだ。村上春樹だ(ヒカル風に)。
村上春樹の特徴といえば、リズミカルな文体に、独特だがイメージが湧きやすい比喩。その上、村上春樹も2択が好きだ。小説『ドライブ・マイ・カー』(文藝春秋『女のいない男たち』所収)では、「世の中には大きく分けて二種類の酒飲みがいる」、日本語訳を務めたジム・フジーリ著『ペット・サウンズ』(新潮社)のあとがきでは、「世の中には二種類の人間がいる。『カラマーゾフの兄弟』を読破したことのある人と、読破したことない人だ」と書いていた。『1Q84』(同)でも「ものごとには必ず二つの側面がある」「良い面と、それほど悪くない面の二つ」とのセリフがある。実にヒカル的!
第1章第7節で「ぶっちゃけ、小説や映画よりもマンガだ」と書いて、小学生に親しみを持たせつつ、世界的人気作家にも通ずる、とにかく伝わりやすい名文で、自身の考えを読ませる工夫を施す。
勝てる場所を見つけ出し、徹底してターゲットに向けた発信を行う――ヒカルがカリスマたるゆえんはそこであり、とんでもないやり手なのかもしれない。