元闇金おばさんが見た「過払い金請求」ブーム――「ふざけた野郎だ」と社長は激怒するけれど……
応接室の中は、薄毛をなでつけるポマードと入れ歯装着者特有の口臭が混ざり合った立山社長の臭いが充満しており、息を止めながらトレーを差し出しました。現金を受け取り、すぐに席を立った立山社長をエレベーターで見送ると、ぼそぼそと社長が話し始めます。
「立山社長は、前に不渡りを出していてね。銀行には相手にしてもらえないから、仕方なくウチを使っているんだ」
「そうなんですか。こういってはなんですけど、もったいないですね」
「ああ。日本は、1度失敗すると、2度と信用されないからな。世間なんて冷たいもんだよ」
それから15年ほど、同じような取引を反復継続して繰り返した結果、立山社長の会社は倒産。折しも、過払い金請求訴訟がブームになっていた時期であったため、手のひらを返される形で訴訟を起こされました。刑事事件にしたくなければ、これまで支払った金利を返せというのです。
「あんなに世話してやったのにケンカを売ってくるとは、ふざけた野郎だ」
そう社長は怒っていましたが、この頃は貸金業者に対する取り締まりが厳しく、いままでのように反撃するわけにもいきません。法改正がなされたことを理由に退社する社員も多く、いままでの力を失っていたことも事実です。
結局、不法な高利を請求していた事実は認めることなく、表向きの帳簿を基に話を進めた結果、600万円ほど返還することで和解となりました。先方からは、2000万円以上も請求されていたので、悪い結果ではなかったように思います。
「苦しいとき世話になったから、いまもこうしてお付き合いしているってわけ……」
あの時に聞いた社長に対する感謝の気持ちは、同じように助けてもらえなかったことで、すべて忘れられたのでしょう。金の切れ目は、縁の切れ目。会社がなくなるまでの数年は、借りた金を返すことなく過払い請求してくる客ばかりで、私自身も人間不信に陥りました。
※本記事は、事実を元に再構成しています
(著=るり子、監修=伊東ゆう)