芸能
[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』、鑑賞前に知りたい韓国「ベイビーボックス」の実態

2022/06/24 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

 近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。そんな作品をさらに楽しむために、意外と知らない韓国近現代史を、映画研究者・崔盛旭氏が解説していく。

ソン・ガンホ主演、是枝裕和監督映画『ベイビー・ブローカー』

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 国際的な共同製作が当たり前となった時代に野暮な言い方ではあるが、東アジアにおいてはいまだ、外国の有名監督が自国内で映画を撮るとなった場合、どちらの国にとってもそれは一大事である。

 6月24日に日本公開された是枝裕和監督の最新作『ベイビー・ブローカー』は、彼が韓国の製作会社やスタッフ、そして韓国人キャストと共に作り上げた作品であり、製作当初から注目を集めていた。何しろ本作は、2018年にカンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した『万引き家族』の是枝監督と、翌19年にカンヌ最高賞とアカデミー作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』の主演を務めた韓国の名優、ソン・ガンホがタッグを組むというのだから、期待するなというほうが無理だろう。

 なお、先月開催された今年のカンヌでは、『ベイビー・ブローカー』でソン・ガンホが韓国初となる主演男優賞を受賞。映画としては、これ以上ない船出となった。

 “韓国で映画を撮った日本人監督”という視点で振り返ってみると、日韓の映画交流史には特筆すべきものがある。古くは戦時中、植民地・朝鮮に渡り、戦争協力のプロパガンダ映画を撮った(あるいは撮らざるを得なかった)豊田四郎や今井正がいるが、戦後になってまず頭に思い浮かぶのは「大島渚」である。

 1964年、韓国に渡った大島は、60年の「4・19民衆革命」で片腕を失った貧しい少女が、生活のため売春をするまで追い詰められてしまう様子を追ったテレビドキュメンタリー『青春の碑』を発表。65年には、靴磨きや新聞売りなどで生計を立てる街の貧しい子どもたちの写真を編集した短編『ユンボギの日記』を撮り上げた。

 興味深いのは、大島の訪韓時には「日本の前衛派監督」として大々的に、そして好意的に紹介し、韓国映画界の現状についてコメントまで求めた新聞が、映画の内容が韓国の厳しい現実を映したものだと知るや否や「朝鮮総連に利用された左翼監督」と態度を一変させたことだ。もっとも「韓国によろしくない映像は撮らないように」と念を押していた当時のパク・チョンヒ軍事政権にとって、大島の作品は韓国の恥部をさらした、ゾッとするようなものだったに違いない。

 大島のほかにも、50年代半ばから60年代にかけて日活で活躍した「中平康」は、シン・サンオク監督に招かれて韓国に渡り、自身のヒット作『紅の翼』(58)のリメーク『청춘불시착(青春不時着)』(74)を監督している。だが当時、韓国では日本大衆文化の紹介や、公の場での日本語の使用が禁止されていたため、中平は本名を名乗ることができず、「김대희(キム・デヒ)」という韓国名を使わざるを得なかった。

 この事実は、98年に日本大衆文化の輸入が全面開放されるまで、公式には韓国で「日本」は遮断されていたにもかかわらず、水面下では映画人たちの交流が活発に行われていたことを示す好例である。

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