「このまま、お前の葬式をやってやりたいくらいだよ」喪服姿の老女、“身も凍る万引きの言い訳”とは
「声をかけちゃっているので、事務所でお願いします。申し訳ないけど、うっかりで済む話じゃないですよ」
「ちがいます。払うつもりで……」
「どこで払うつもりだったんですか。この先にレジはないですし、後ろ振り返りながら出てきて、そんな言い訳は通らないでしょう」
「ちがう、ちがうの! トイレに行きたかっただけなのよ」
追手を振り払うべく、見た目以上の力でカートを振り回した老女は、私が離さないとみるや、持っていた花束を振り上げて私の手を叩いてきました。さほど痛みは感じませんが、あまりの振る舞いに、自然と怒りが込み上げてきます。
「ちょっと、いいかげんにしてください。大ごとになっちゃいますよ」
「離して、もう漏れちゃう」
老女の袖口を掴んで、しばし揉み合っていると、カートが倒れてしまい、カゴの中の商品が路上に投げ出されました。
「そんなに暴れたら危ないですよ。落ち着いて」
「だれか、助けて。お店の人に乱暴されているんです」
おそらくは野次馬の誰かが通報してくれたのでしょう。転んだときに備えて、割れてしまったワンカップ酒のガラス片を足で散らしながら店に引き返そうとする老女を必死に引き止めていると、徐々に近づくサイレンの音が聞こえてきました。
「もうパトカー来るから、それまでじっとしてて」
「あんた、偉そうに、なによ。こんな乱暴して、訴えてやるからね」
「はいはい。カメラもたくさんついていますし、お好きになさってください。こちらもしっかりとやらせていただきますから」
出口前に横付けされたパトカーから警察官が降りてくると、被害者ぶった顔をした老女が、あの人に乱暴されたと私を指差しました。みんなで事務所に行き、二手に分けられたうえで事情を話すと、地面に散乱した商品と彼女の犯歴から状況を飲み込んでくれた警察官が、早速に防犯カメラの検証を始めてくれます。
「出入口の防犯カメラに全部映っていたので見てきたけど、乱暴されたっていうより、あなたが逃げようとするのを、保安員さんが制止する感じでしたよ。実際は、どうなの?」
「いや、トイレに行きたくて……」
「そんなこと聞いてないよ。お金は、払ったの、払ってないの、どっち?」
「……払っては、ないです」