[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

実在の事件を忠実に描いた人気韓国映画『殺人の追憶』、ポン・ジュノが劇中にちりばめた“本当の犯人”の存在

2021/08/06 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

『殺人の追憶』警察のお粗末な捜査を、風刺を込めて忠実に再現

 およそ6年間にわたる連続レイプ・殺人事件の発生から未解決のままの現在(製作当時)までの全貌に迫った内容の本作は、同事件を題材にして評判を得ていた演劇作品『私に会いに来て』(キム・グァンリム作・演出、96年に初公演)を原作にしている。舞台ではひとりの役者が複数の容疑者を演じているのに対し、ポン監督は原作の良さを生かしつつ、リアリティを強化して犯行を再構成、さらにコミカルな要素や政治的隠喩も盛り込んで、骨太なエンターテインメントに仕上げた。

 映画は「韓国映画史上最高のスリラー」と絶賛を博し、デビュー2作目にして520万以上の観客を動員する大ヒットを記録、今や誰もが認める国民的な俳優ソン・ガンホと、ポン・ジュノの「名コンビ誕生」を世に知らしめた作品でもある。

 それでは、実際の事件の推移と、映画の展開を具体的に見ていこう。事件は86年に4件、87年に2件、88年に2件、90年に1件、91年に1件と、合わせて10件が起きた(ただしこれは華城に限ってであり、真犯人のイ・チュンジェは、ほかにも複数の犯行を犯している)。86年に起きた4件のうち2人の遺体が用水路で発見されたこと、犠牲者が着用していたストッキングや下着が犯行に使われていたという共通点は、映画でも冒頭部分で象徴的に描かれている。また映画にも組み込まれた「赤いワンピース」という共通点は、4人目の犠牲者が赤いワンピースを着ていたことから後に「赤いワンピースの女性が狙われる」とのデマが一時広まったことに由来している。

 だが当時の警察は、最初の4件の関連性を認めず、個別の事件として捜査に当たったという。「連続殺人事件」の概念や認識がろくになかった時代だったとの説もあるが、2年後にオリンピックを控えていたこの時期、地元警察が全斗煥(チョン・ドファン)軍事政権に忖度して事件の矮小化を図ったからではないかともいわれている(オリンピックというものは、いつの時代、どの国でも、多かれ少なかれ厄介な存在だ)。全斗煥軍事政権という時代背景は、本作でもいくつもの場面でさりげなく挿入されているが、それについては後で取り上げる。

 事件が連続殺人として認められ、本格的な捜査が始まったのは87年、6人目の犠牲者が出てからであった。頼りにならない警察に対する地域住民たちの抗議や反発、メディアの報道によって世論が悪化すると、事の深刻さを認識した警察もやっと本格的に動きだしたというわけである。だが当初からのずさんな捜査のせいで、犯人逮捕につながるような証拠はほとんどなく、捜査が難航するのは必至だった。こうした背景は、映画の冒頭で子どもたちが事件現場を駆けずり回り、耕運機が犯人のものと思われる足跡を消し去る場面で風刺されている。

 警察が右往左往している間にも、犠牲者は後を絶たなかった。焦った警察は何人もの容疑者を逮捕し、拷問してウソの自白をさせたり、証拠を捏造したりと強引な捜査を繰り返した。こうした警察側の醜態はのちに明らかになり、容疑者たちは釈放、責任者は罷免されたりもした。だが容疑者とされた人々の中には、拷問の後遺症で精神を病み、線路に飛び込んで自殺した者や、拷問中の暴力で脳死状態になった者など、悲惨な結末を迎えた人も少なくない。

 容疑者の中で唯一「犯人」とされ、無期懲役の判決を受けて20年もの間収監されていた人もいる。88年、8件目の犯人として逮捕された彼は、真犯人が特定されたことで再審を請求し無罪判決を受けた。さらに驚くべきなのは、真犯人であるイ・チュンジェ自身も3度にわたって容疑者として取り調べを受けていたことである。だがその都度、血液型や足跡が一致しないことから逮捕には至らず、警察は犯人逮捕の機会を逸し続け、さらなる犠牲者を生むことになったのである。

 もうひとつ、映画のクライマックスとして描かれる事件とその容疑者についても触れておきたい。映画では90年、9人目の犠牲者となった女子中学生の殺害事件について、犯行の手口や残忍な死体損壊、DNA鑑定の不一致による釈放まで、ほぼ忠実に再現している。映画では、犯行日に必ずラジオ番組に同じ曲をリクエストしていたという手がかかりから、容疑者パク・ヒョンギュが浮上、頑として認めない彼と刑事たちの攻防、そしてDNA鑑定の結果は……という形で描かれるが、実際の容疑者も拷問によってウソの自白を強いられたとメディアに主張し、警察はまたも世論に叩かれる事態となった。

 確かな証拠を示すため、警察はDNA鑑定の手段に出たわけだが、当時の韓国警察にはDNA捜査の技術がなく、採取したDNAと容疑者のものを日本(映画ではアメリカ)の捜査機関に依頼、結果は「不一致」で容疑者釈放となるのは映画で描かれた通りである。91年、10人目の犠牲者を最後に華城での連続殺人は止まったが、翌92年、ようやく韓国でも本格的なDNA捜査が導入された。当時としては間に合わなかったものの、その後はDNAデータベースも構築、過去の未解決事件の証拠品からDNAを採取して捜査をし、さまざまな事件で逮捕された犯人たちのDNAを蓄積していった結果、今回の真犯人特定に至ったことは確かである。

 現在、事件の正式名称は華城の住民たちの要望により「イ・チュンジェ連続殺人事件」に変更されている。

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信じられない、信じたくない話の連続……
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