コラム
老いゆく親と、どう向き合う?

「父ちゃんが浮気してる」「女の人が来てる」幻覚に苦しむ認知症の母に、“写真”に撮って確認させた

2021/08/01 18:00
坂口鈴香(ライター)

 それから2年。母親は入退院を繰り返しながらホームで過ごした。そしてある日、何度目かの病状悪化により、救急車で病院に運ばれた。井波さんは「またいつものことだ」と思ったが、主治医からは家族を呼ぶように言われた。

 駆け付けた井波さんと弟を前に、主治医は「人工呼吸器をつけるか、家族で話し合ってください」と告げた。つけなければこのまま亡くなる――井波さんと弟はそう理解した。二人は顔を見合わせ、それから弟は「つけてほしい」と頼んだ。

「でも、人工呼吸器をつけると母はいっそう苦しくなったように見えました。私は母を見ていられず、その場から逃げたんです。最低な娘です。母はどんなに苦しかったことでしょう……。今から思うと、私はいつも母の苦しみに中途半端に付き合い、最後は逃げたんです。ホームに入っているから、母とのやりとりに煮詰まったときは、逃げて帰ればよかった。そうして最後も私は母の苦しみに付き合わなかった……」

 母が亡くなったあとも、井波さんは逃げた自分を責め続けていた。そんなある日、また母の落書きノートにある言葉を見つけたのだ。

「『チーさん、ヒロさんを頼む』と。ヒロさんとは私の弟のことです。独身なので、両親は自分たちがいなくなると家族がいなくなる弟を大変心配していました。親にはもうどんなに頑張っても恩返しはできませんが、せめて姉としては後悔のないように振る舞いたい。それが私にできる親孝行なんだと思うことで、自分を許せたんです。こうやって母は私に逃げ場を用意してくれていたんだと思います」

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