コラム
高橋ユキ【悪女の履歴書】

夫殺し未遂の女医が語った「男の宿命的な性」への憎しみ――女たちの同情を集めた公判【神戸毒まんじゅう殺人事件:後編】

2021/05/04 19:00
高橋ユキ(傍聴人・フリーライター)

「私はチフス患者を診察した経験から、チフスだけで死ぬとは考えられません。あのときはそんな日頃の知識など全く忘れてただ一途に義男をチフスにかからせて苦しめようと思っただけです」

 一方で義男は、「彼女の態度は夫婦の愛情が疑われるような点が多く、女としてのたしなみがなく、また橋本の両親の悪口を言った」「神戸の旅館で会った時、いきなり『離婚させていただきます。お金は全部返してください』と恐ろしい剣幕で切り出した」など、心変わりは花子の言動が原因だったかのように語る。「断じてありません」、花子はこれを強く否定した。

 最終的に控訴院で検事は花子に対しふたたび無期懲役を求刑したが、こんどは同情論を排し、殺人ならびに同未遂罪として、第一審より5年多い懲役8年の判決となった。被告側は第三審を要求し上告に及んだが、大審院は1940(昭和15)年6月、傷害および同未遂罪を一蹴。控訴院の二審判決を支持し、懲役8年の刑が確定したのだった。

 花子は入獄し、誤って殺害した義男の実弟の冥福を祈り、中国語の勉強に専念する。模範囚として刑期3分の1の懲役2年8ヶ月で仮釈放され、出所するとすぐに更生の地をオーストラリアに求め、工場や病院にて医師として診療を行っていたが、大戦の終わりを迎えたことから郷里である高知に引き上げた。

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