『おちょやん』解説

『おちょやん』成田凌演じる一平、執筆スランプで“盗作”!? 実は「全然自分で書いてない」“名脚本家”のガッカリすぎる史実

2021/05/08 17:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

渋谷は、脚本を自分で書いていない!?

 しかし、それにはウラの事情も確実にあったようです。渋谷が“書いた”脚本は、通常の形式をしていないのです。たとえば一時期、松竹新喜劇・文芸部のエースだった花登筺(はなとこばこ)の証言では、渋谷天外の執筆スタイルは次のようなものでした。

 深夜、自宅で飲酒して興がのった渋谷は、ベラベラと新作についてしゃべりはじめ、それを文芸部のスタッフが書き留めていくのです。後にその内容がさらに推敲され、通常の脚本の形式にまとまるというのです。

 ぜんぜん自分で書いていないことに違和感がありますが、この“執筆”作業には利点もあったと思われます。脚本は、俳優によって演じられるものです。セリフを耳で聞いた客が「おもしろい」と感じられなければ失敗なので、当初からアイデアを口頭披露し、文芸部のスタッフたちから良い反応が得られたら、そのテーマで思いつくままに語っていくと、手早くおもしろいものを作れますし、それは合理的だといえるのかもしれません。

 花登筺は一晩で原稿用紙100枚分の脚本を仕上げるほど、速筆で知られました。また、渋谷の語る“あらすじ”を文字化する技術も大したものでした。こうして一晩で、渋谷は2演目を「完成させることもあった」そうです。

 しかし、こうした渋谷天外の創作スタイルは「事実とは異なる」と言うのが、同じく松竹新喜劇の文芸部に在籍していた藤井薫という人物です。


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