芸能
[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

アカデミー賞6部門ノミネート『ミナリ』から学ぶ、韓国と移民の歴史――主人公が「韓国では暮らせなかった」事情とは何か?

2021/04/09 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

 70年代に入ると、アメリカに渡るのは、人材養成のために国が選抜した国費留学生や、会社から派遣される駐在員が中心になっていく。彼らは正確には「移民」とは言えないものの、その多くがアメリカでの定着を選んだために、政府の記録上は移民として分類される。韓国からすれば人材の流出にあたるが、当時の韓国が朴正煕(パク・チョンヒ)による軍事独裁の頂点であったことを考えると、韓国にはありえない「自由」をアメリカに求めた彼らの気持ちは十分に理解できる。

 そして、この時代にアメリカに渡ったのが優秀な「選ばれし者」だったことから、「アメリカに行くこと」に対する羨望のまなざしが生じ、その後も長きにわたって続いていく。海外旅行が自由ではなかった時代、国外に出ることはある意味「特権」でもあったのだ。

 そして80年代、「アメリカン・ドリーム」が本格化し、アメリカへの移民が絶頂期を迎えたのがこの時代。本作の時代的背景もまさにこの時期にあたるが、それを象徴するのがジェイコブ夫婦の仕事「ヒヨコ鑑定」であった。韓国では80年代、「ヒヨコ鑑定士」という資格が人気を博し、ヒヨコがオスかメスかを鑑定するスピードと正確さを競い合う大会も開かれ、優勝者は新聞等で大きく取り上げられた(ちなみに、鑑定されたヒヨコは、卵を産むメスのみが選別され、役に立たないオスはそのまま廃棄される)。いささか滑稽にも見えるこの資格がこれほどまでに人気だったのは、「アメリカ移民の近道」として大々的に宣伝されたからにほかならない。小さな手と器用さ、正確さ、真面目さが必要とされるヒヨコの性別鑑定には、大柄なアメリカ人よりもアジア系のほうが適格だったようで、韓国人はそこに目を付けたのだ。

 当時、私の知り合いにもヒヨコ鑑定士になってアメリカに渡った人がいた。彼女は高校卒業後、大学に進学せず鑑定士の資格を取り、アメリカの養鶏場に就職するため海を渡ったのだが、軽度の知的障害を抱えた彼女は恐るべき集中力の持ち主で、現地でとても成功したらしい。後から彼女の「稼ぎがいい」という噂を聞いた私の母が、姉に向かって「あなたも資格を取っておけばよかった」と悔しそうに言ったのをよく覚えている。

 私の両親もまさにそうだったのだが、当時の韓国には、「アメリカという国は、このまま韓国にいたら決してありえないような成功を実現してくれる美しい国」というイメージがあったのだ。実際、韓国語ではアメリカを「美国(미국)」と書き表す。ちなみに、1987年の民主化宣言によって海外旅行が自由化されると、就職移民のみならず不法滞在が急増する事態を生んだ。不法滞在移民は、偽装結婚して永住権を得たのちに離婚し、韓国にいる家族をアメリカに呼び寄せるというパターンが最も多いが、このあたりの事情は、アン・ソンギが主演した『ディープ・ブルー・ナイト』(ペ・チャンホ監督、85)に詳しいので、機会があればぜひご覧いただきたい。

 だが80年代のアメリカ移民は、単にアメリカン・ドリームに浮かれていただけではない。80年代はまた、79年の朴正煕暗殺後に台頭してきた全斗煥(チョン・ドファン)率いる新軍部による、軍事独裁継続の時代であったことも忘れてはならない。80年に起こった光州事件は、実際に多くの韓国人が「韓国を捨てる」要因ともなったし、今現在、光州事件で犠牲を被った証言者の中には、アメリカやカナダへの移民が少なくないのだ。もちろん、ジェイコブのセリフから彼の事情を特定することはできないが、彼らが軍事独裁から逃れてアメリカにやって来たという可能性は十分に考えられる。

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