アカデミー賞6部門ノミネート『ミナリ』から学ぶ、韓国と移民の歴史――主人公が「韓国では暮らせなかった」事情とは何か?
近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。
『ミナリ』
『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督、2019年)がアカデミー賞を受賞し、スタッフとキャストがチョンワデ(大統領官邸)に招待され、みんなでチャパグリ(劇中に登場する食べ物)を食してからちょうど1年。歴史上、いまだにノーベル賞の受賞者が金大中のみ(2000年、平和賞)である韓国で、メディアが「ノーベル賞を一度に4つもらったのと同様」と騒ぎ立てたように、『パラサイト』をめぐる顛末はそれほど非現実的なことであり、もう二度と見られないであろう光景のはずだった。
ところが今年度のアカデミー賞ノミネート作品が発表されると、韓国は再び「興奮のるつぼ」と化した。各地の映画祭で高い評価を得てきた『ミナリ』(リー・アイザック・チョン監督、20)が、作品賞や監督賞をはじめ、6部門にノミネートされたのだ。とりわけ、おばあさん役のユン・ヨジョンは本作ですでに、全米映画俳優組合賞を含む30以上の助演女優賞を受賞しており、アカデミー賞受賞の可能性が最も高いとされている。
正確に言うと『ミナリ』は「韓国映画」ではない。ブラッド・ピットが代表を務める製作会社・プランBエンターテインメントなどによって作られた「アメリカ映画」である。だが、監督やメインキャストは韓国系であり、タイトル『ミナリ(미나리=セリ)』も含め、セリフの8割以上が韓国語であることから、「韓国映画ともいえる」と韓国では認識されており、「2年連続の韓国映画の快挙」だと喜んでいるのだ。
そこには、名誉なことであればすべて「ウリ(우리=我々)」を主語に語りたがる韓国人の特性も垣間見られるのだが、いずれにしても、韓国人にとって本作が「どこか別の国の物語」ではなく、「自身の物語」として感情移入できる作品ということは確かである。
今回のコラムでは、アカデミー賞の結果に期待しつつ『ミナリ』を取り上げ、韓国人のアメリカ移民の歴史や、移民を通して見えてくる韓国について考えてみたい。というのも、本作が描いている「アメリカに移民した韓国人家族」は、決して珍しい存在ではなく、韓国では朝鮮戦争後から現在に至るまで、アメリカに移民する者、移民したいと願う者が後を絶たないからだ。
劇中で家族が移民した背景は詳しく語られないものの、単に「他国に移住する」だけでなく「祖国を捨てる」意味合いを持つ「移民」は、韓国社会の暗部を浮かび上がらせる存在であるともいえる。