暮らし
白央篤司の「食本書評」

料理する気力もわきにくい時代だからこそ……『きょうの料理』の「ばぁば」鈴木登紀子が示す「ちゃんとしたもの」の意味

2021/03/07 14:00
白央篤司

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んで、料理を実践しつつご紹介!

今月の1冊:『ばぁば、93歳。暮らしと料理の遺言』 鈴木登紀子 著

『ばぁば、93歳。暮らしと料理の遺言』(主婦と生活社、2018年6月29日発売)1,300円(税別)四六判 撮影:白央篤司

 昨年(2020年)の12月28日、料理研究家の鈴木登紀子さんが亡くなられた。96歳。ご長寿であったとはいえやっぱり、さびしい。NHK『きょうの料理』などの料理番組でも長年おなじみ、「ばぁば」の愛称で広く親しまれていた。

 私は鈴木登紀子さんのファンだった。品がよくてひかえめながら、「押し出しじゅうぶん」なそのたたずまい。「料理とはこうするものですよ」という毅然とした考えがあり、同時にそれをユーモアで包むのも忘れない。ご出身は青森県八戸市で私の父と同郷、話ぶりが耳になつかしかった。

 今回は彼女が93歳のときに発表した、語りおろしエッセイを紹介させてほしい。何しろお生まれが1924年(大正13年!)、母親からみっちり家事全般を仕込まれた方だ。日本人が最も家庭料理に手間ひまをかけ、ていねいに暮らしていた時代の上質な生活様式が登紀子さんの考えの軸にある。けれど、それだけでは料理家として現代に通用しないという明晰さもお持ちだった。

「きちんと手をかけるお料理と、手をかけられないときのお料理。両方があってよいと思います」

 ただ、

「便利なものは活用したほうがいいと思いますが、大切なのは『それも知っているけれど、ちゃんとしたものも知っている』ということではないかしら」

 彼女が伝えたかった一番のことは、ここだと思う。便利なものは若い人がよくご存じだろう、ならば自分はちゃんとした作り方をまず伝えたい、どっちも知っておくほうが人生は豊かで美しいのよ、と。

 「まず型をしっかり学ぶこと。そうでないと型破りなことはできない」なんてことが芸道の世界でよくいわれるが、ラクをするにも手を抜くにも、基本を知らないとできない、というのはそのとおりだと思う。

人生でいちばん脂がのっていたのは、60代

撮影:白央篤司

 彼女のバイタリティも印象的だ。

 「自分の人生でいちばん脂がのっていたのは、60代の頃」とある。仕事が忙しくて、年齢を感じるヒマもなかったそうな。うーん……我が身が恥ずかしい。60歳までに私はあと13年もあるのに、現在すでに老化を感じて体力もダダ下がり。

 登紀子さんは「『あれ? 私も年寄りかしら』と自覚し始めたのが90歳ぐらい」と続ける。いやいや、90歳ごろのテレビ出演を覚えているが、調理の手さばきもしっかり、危なげもなくこなされていた。

「これまでの人生を振り返ってみますと、『食欲がなかった』という時代はないわね」
「(分相応が大事、と説きつつ)たまにぶ厚い和牛のステーキが食べたくなるのよ。分に過ぎる食欲を誰か止めてくださらない?」

 繰り返すが、93歳である。おみそれしましたと言うほかない。

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