[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

カン・ドンウォン主演『新感染半島』は“分断された韓国”を描いた? 「K-ゾンビ」ヒットの背景を探る

2021/01/08 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

「ゾンビもの」は韓国にとって“きわめて現実的”

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 さてその後、「ザゾム」はネットやメディアを通して広まっていき、進歩派(とその支持者)への批判や当てつけの表現として定着するのだが、その浸透ぶりを如実に語るのが、朴槿恵(パク・クネ)政権下で作成されたという、悪名高い「ブラックリスト」である。その報告書では、現在では国民的な監督として揺るぎない地位を築いているポン・ジュノ監督作品に対しても「国民をザゾム化させる映画」と記載していたのだ。なんと、保守政権の支持者のみならず、政権の中枢までもが自分たちに反対する国民を「ゾンビ」と捉えていたのである。 
 
 一方「ウゾム」はどうだろうか? もともと左翼は右翼を「수꼴(スコル、頭の悪い保守派の意)」とバカにしていたが、右翼からの「サゾム」呼ばわりに対して左翼側も「ウゾム」を使うようになった。とりわけ、セウォル号沈没事故後に起こった朴槿恵大統領の弾劾に反対し、暴動化した保守派を「スコルのウゾム」と皮肉ってからは、左翼の間でも保守派を見下す「ウゾム」が広まった。 
 
 国全体が左と右に分かれ、「サゾム」「ウゾム」と罵倒し合う状態はいまだに続いており、本作での半島にゾンビしか残っていないように、もはや韓国は右も左もゾンビだらけの国になってしまったようだ。ここで思い浮かぶのが、「헬조선(ヘル朝鮮)」という自虐的な用語だ。2010年代以降、悪化の一途をたどる失業率や若者の貧困、格差が社会問題となる中、ネットを中心に生まれたこの言葉は、文字通り「地獄のような韓国」を意味している。あえて「朝鮮」と呼ぶのは、今の韓国社会が、絶対的な身分格差があった朝鮮時代と変わらないという批判が込められているからだ。 
 
 このように考えてみると本作は、奇しくも新型コロナの世界的蔓延により普遍性を獲得してしまったものの、もともとは「ザゾムとウゾム」が右往左往する「ヘル朝鮮」からの脱出をもくろむ、韓国にとってきわめて現実的な映画であるといえるのではないだろうか。本作を含む一連の「K‐ゾンビもの」がこの時代の観客たちに受け入れられたのは、エンターテインメントとしての完成度もさることながら、文化評論家のキム・ヒョンシクが著書『ゾンビ学』(カルムリ)で述べているように、ゾンビたちの姿が韓国の現実に対する隠喩になっているからでもあるのだろう。 
 
 だが忘れてはいけないのは、善悪の方向性にかかわらず、ゾンビたちはただ「利用されている」だけであることだ。本作のゾンビは人間として考える能力を失い、光や音にのみ反応して人間を攻撃するが、現実世界でゾンビ化して利用されたくなければ、「サゾム」も「ウゾム」もイデオロギーからは一歩下がって、せめて「考えるゾンビ」に進化してもらいたいものだ。 

■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

最終更新:2022/11/01 13:57
新感染 ファイナル・エクスプレス
全然別物だけど、これはこれでアリ