[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

カン・ドンウォン主演『新感染半島』は“分断された韓国”を描いた? 「K-ゾンビ」ヒットの背景を探る

2021/01/08 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

 韓国を分断する「左翼ゾンビ」と「右翼ゾンビ」

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<物語> 
 
 人間をゾンビにしてしまうウイルスによって崩壊した韓国(半島)から脱出しようと、姉家族と船に乗り込んだジョンソク大尉(カン・ドンウォン)。だが客室に感染者が発生、姉と甥はゾンビに襲われてしまう。――それから4年後、亡命先の香港でひどい差別を受け、惨めな日々を送るジョンソクと義兄のチョルミン(キム・ドユン)に、大金を積んだまま半島に残されたトラックを持ち出すという闇組織からの計画が舞い込む。彼らは半島に潜入し、任務の遂行までもう少しというところで、襲いかかるゾンビの大群に加えて、半島に残る得体の知れない人間たちとも対峙することになる……。 
 
 巨大なセットで作られた韓国の荒廃した街並みや、容赦のないゾンビたちとのアクション、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15年)を彷彿とさせる、女性たちが魅せる骨太なカーチェイス、そして家族愛と、エンターテインメントのあらゆる要素をてんこ盛りにした本作は、退屈する暇を与えずに観客を楽しませる文句なしの大作だ。だが私には、スクリーンに映し出される地獄絵図のような光景とその中を徘徊するゾンビの姿が、新型コロナの感染拡大に見舞われた今の世界とはまた別に、「韓国の現実」を提示しているように見えて仕方がなかった。そしてそれは、事あるごとに真っ二つに分断されて互いに排除し合おうとする韓国の姿なのだった。 
 
 韓国にはいつからか「좌좀(ザゾム=左翼ゾンビ)」と「우좀(ウゾム=右翼ゾンビ)」なる言葉が存在する。政治的・社会的な問題が起こるたびに、社会が真っ二つに分断されてぶつかり合う現象を皮肉った表現だ。このような「左・右」の「ゾンビ」の起源をたどるには、2008年に韓国社会を揺るがした李明博(イ・ミョンバク)政権による「アメリカ産牛肉の輸入」問題に遡らねばならない。 
 
 一連の経緯については、『共犯者たち』を取り上げた第1回目のコラムでも紹介したので参考にしてほしいが、要するに、政府が「BSE(牛海線状脳症=狂牛病)」の恐れがある牛肉を輸入しようとしているとして、多くの韓国人が広場に集いデモを起こした結果、輸入基準を「安全な牛肉」に限定することを政府が約束し、事態は収束したものの李政権は支持率が急落、大統領の弾劾危機にまで追い込まれることになったというものだ。

 そして、こうした反政府デモに強い不満を持つ李政権の支持者=保守派(とネトウヨ)が、デモの参加者たちを罵倒して「ザゾム」と呼んだのがこの名称の始まりとなった。彼らの目には、デモ隊が「ゾンビのように群がり、政権をかみちぎっている」ように見えたのだろう。 
 
 その背景には、朝鮮戦争によって南北に分断され、現在に至るまで北朝鮮と対峙してきた韓国ならではの「反共」の呪縛も大きいといえる。反共とその弊害についてはこのコラムでも幾度となく取り上げてきたが、「反共」はとりわけ軍事政権下においては天下無敵の「正義」であり、「政権に抗うすべての者」を「アカ」と決めつけ弾圧するための、これ以上ない武器として君臨してきた。民主化が進んだ90年代以降も、弾圧自体はほぼ姿を消したものの、人々の意識の底には「政権に抗う者=アカ」という図式が刷り込まれていたのかもしれない。だからこそ、保守派の人々はデモの参加者たちの行動の意味を問うことなしに、彼らを「アカ=ゾンビ」とさげすんだのだ。

 近年は日本でも、内閣への支持・不支持に始まる分断が顕著となり、互いへの攻撃が取り沙汰されているが、韓国では政治的意見を異にする者への弾圧を当然のように捉える視線が、「反共」によって歴史的に醸成されてしまったといえる。 

新感染 ファイナル・エクスプレス