「緊急避妊薬の薬局販売」“否定派”の背景にあるもの―― 産婦人科医師の間でも意見が分かれる理由とは?
では、どうして日本産婦人科医会の会長や副会長は「処方箋なしの緊急避妊薬の薬局販売」に否定的なのだろうか? 同医会は、産婦人科医療の推進や母子の生命健康の保護、女性の健康の保持・増進に取り組む団体。各都道府県の産婦人科医会を束ねる全国的な組織で、遠見さんも加入している。
遠見さんは緊急避妊薬の薬局販売に否定的な意見について、単に個々人の意見の相違によるものなのではなく、医療従事者にとどまらない、社会全体のSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ、性と生殖に関する健康と権利)への認識の乏しさが根底にあるという。
SRHRは1994年に開催された国際人口開発会議(ICPD/カイロ会議)から広く使われるようになった概念で、「子どもを産むか産まないか、産むならいつ産むか、何人産むかを自分自身で決められること」を含む。
医学部で学ぶ中で「SRHRを尊重すべき」といった趣旨の講義はほぼなかったという遠見さんは、「病院での研修中や実際に医師として働いている時に『SRHRが中心に置かれているわけではない』と感じました」と語る。
「医療従事者、そして一般の人もSRHRが人権であり、緊急避妊薬を手に入れられることは正当な権利であると学ぶ機会がない。私は医学生の頃から主に中高生を対象に性教育を行っていましたが、自分で関心を持たなければ、十分に学ぶことができない。たとえば性教育を行う人も、SRHRの視点がなければ『上から目線の押し付け』になってしまいます。また医療従事者は『女性を管理下に置いて指導』してしまうかもしれません。説教や指導ではなく、必要なのは同じ目線に立った情報提供です」
遠見さんは緊急避妊薬の薬局販売に否定的な意見をただ批判するのではなく、社会全体のSRHRへの理解を深めるための前向きな機会としたいと考えている。
政府が検討を始めるという緊急避妊薬の薬局販売は、「薬剤師が十分な説明の上で、対面で服用させること」が条件となっている。現行の産婦人科医による診察(オンラインも含め)に比べると土日も対応可能で診察料もかからず、手に入れやすいように思える。しかし、遠見さんはそれで十分だとは考えていない。
「対面で服用させる理由が、『早く飲んだほうが効果が高いので、それをサポートするため』というのであれば理解できます。しかし、今、面前内服が求められている理由は『転売等により組織的な犯罪に使用されるのではないか』という、女性を信用しない考えに基づくものなのです」
転売や悪用してはならないのは緊急避妊薬以外の薬も同様であり、緊急避妊薬の場合だけ面前での服用を求めるのは筋が通らない。また、女性を信じない姿勢も、世界の潮流に反している。