李銀河氏インタビュー【後編】

『愛の不時着』をもし北朝鮮の人が見たら“大激怒”!? 中隊員が「韓国の自動販売機に驚愕シーン」があり得ないワケ

2020/07/24 18:30
サイゾーウーマン編集部
『愛の不時着 オリジナル・サウンドトラック』/キングレコード

 韓国の財閥令嬢で敏腕経営者でもあるユン・セリ(ソン・イェジン)と、北朝鮮のエリート将校リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)の恋愛劇を描いた韓流ドラマ『愛の不時着』。Netflixで配信され、世界的なヒットになっている中、サイゾーウーマンでは、北朝鮮文化に造詣の深い北朝鮮音楽研究家・李銀河(り・うな)氏にインタビューを行い、前編では“北朝鮮ウォッチャー”視点での名場面を解説してもらった。

 後編では、「北朝鮮の人たちは、こっそり韓ドラを楽しんでいる」と語る李氏に、「実際に北朝鮮の人たちの目に『愛の不時着』はどう映るのか?」というテーマでお話を聞くことに。3月には、北朝鮮の対韓国宣伝サイトである「ウリミンジョクキリ(わが民族同士)」に、「虚偽と捏造に満ちた虚しく不順極まりない反共和国(北朝鮮)映画とテレビドラマを賛美・流布させる南朝鮮(韓国)当局に驚愕している」という旨の文章が掲載され、これは『愛の不時着』を指しているのではないかという報道もあったが、果たして李氏の見解は?

(前編はこちら)

北朝鮮が激怒しそうな「市場」のシーン

――韓国が自国を舞台にしたラブストーリーを作ったということで、関心を抱く北朝鮮の人がかなりいると思うのですが、いかがでしょう。

李銀河氏(以下、李) 『愛の不時着』に限ったことではありませんが、前編でも少し触れた通り、北朝鮮の映画は思想を宣伝するためのもの。「人民は朝鮮労働党に忠実でなければいけない」「自分の任務を全うするためには、命さえ捨てなければいけない」など、教訓じみた堅い内容ばかりで、正直、退屈なんです。なので北朝鮮の人たちにとって、韓ドラ全般、刺激的で面白く映ると思います。


――「北朝鮮のドラマや映画にはキスシーンが基本的にない」とのことだったので、ラブストーリーは特にそう感じるかもしれません。

 昔、キスシーンがあった映画も存在したようなのですが、「傘で隠す」ことで、唇が触れ合っている様子は映さないなどの演出が施されていたと聞きます。ちなみに北朝鮮の恋愛はオープンなものではなく、かつ男性は女性に「処女であること」を強く求める傾向があります。その半面、女性が商売を始めようとする際など、融通を利かせるために、男性側から“枕”を求められるということも結構あるようで、女性は受け入れざるを得ない……といった話を聞いたことがあります。北朝鮮はジェンダー格差が凄まじいんですね。

――韓国の恋愛ドラマを通して見るジェンダー観も、北朝鮮の人には興味深いかもしれませんね。ほかにも、北朝鮮の人たちが注目しそうなシーンはありましたか?

 激怒しそうだなぁというシーンが結構ありましたね。まず、北朝鮮の政府関係者が怒るだろうと思ったのは、市場で韓国から取り寄せた化粧品などがこっそり売られているシーン。北朝鮮では禁制品の韓国製のものがドラマや音楽コンテンツ同様に既に出回っているそうですが、実際に流通しているように描かれるのは許し難いでしょう。また、ジョンヒョクたちを捕まえる韓国の国情院の職員たちが優しいのも、人民たちに「脱北しても向こうに行っても処罰されないんだ!」と思わせる可能性があるだけに、激怒ポイントなのでは。北朝鮮当局にとって、韓国への親しみを抱かせ脱北をそそのかすような『愛の不時着』は、確実に取り締まり対象になる作品だと思いますよ。


愛の不時着 オリジナル・サウンドトラック