サイゾーウーマンカルチャーブックレビュー「キラキラした新生活」じゃなくていい カルチャー [サイジョの本棚] 『いつもひとりだった、京都での日々』『わたしの好きな街』レビュー:新生活=有意義な日々、じゃなくていい 2020/03/12 17:15 保田夏子 ブックレビューサイジョの本棚 不毛な時期を過ごした街への思いをつづった『わたしの好きな街』 『わたしの好きな街:独断と偏愛の東京』(SUUMOタウン編集部監修、ポプラ社) 『わたしの好きな街: 独断と偏愛の東京』は、時に「住む場所ではない」などと揶揄される過密都市・東京に暮らす多様な20名の著名人・文筆家らが、東京や上京について語ったエッセイ&インタビュー集。「この街のオススメスポット」といったガイドブック的な要素はないが、書き手が個人的に愛する場所や思い入れのある街の思い出により、「東京」という都市の魅力が複層的に描き出されている。 東京は、いわば複数の街の集合体であり、一言でその特色を語り尽くすのは難しい。しかし、「あの街で暮らした十年間が、たぶん、私の青春だった」とつづる雨宮まみのエッセイ「西新宿」には、まさに「一つの側面では語りきれない東京像」が凝縮されている。都庁やパークハイアット東京、高層ビルが林立するエリアと、昔ながらの住宅が密集するエリアがほぼ隣接する西新宿。古アパートの1階に住みながら、2つのエリアを日常的に行き来していた雨宮が、「こんな生活には、いつか別れを告げてやる」と怒りにも近い情熱をじりじり燃やす日々は、その熱も相まって、東京と、東京という場所が象徴する「上への情熱」が端的に書き残されている。 また、作家・山内マリコが「本当に全然ダメだった」「一体なにをしていたかというと、なにもしていなかった」と振り返る「吉祥寺」も、まるで一編の短編小説のような味わいを残す。25歳で上京し、駅まで徒歩30分、立派な畑や野生のタヌキを確認できる部屋で過ごした4年間は、一見優雅なようで、自身の不安に押しつぶされないようもがいた日々でもあった。玉川上水ののどかな景色を背景に、とある吉兆を大切に受け取ったエピソードは、少し滑稽ながらも美しい。 ほかにも「あの街での毎日が明るいものではなかった」と回顧する芸人・山田ルイ53世の「中目黒」、自身の育った街の魅力を「なんとなくぐちゃっと、全部入り」と愛たっぷりに表した、もぐもぐ(劇団雌猫)の「町田」など、都心から郊外まで、本書にはそれぞれ東京についての思い出や偏愛が詰まっている。この一冊で、表情をさまざまに変える東京の一端を知ることができるだろう。 書き手たちが振り返る思い出は各人各様だが、輝かしいばかりの時期より、あやふやに過ごした日々や、映えない日常を重ねていた街のエピソードが圧倒的に多い。うまくいかなかった時期や無為に過ごした風景のほうが、書き手の記憶に強く焼き付き、それが人生を助ける礎石になることもある。上京を控える人や東京で暮らす人だけではなく、先の見えない日々にもどかしさを抱える人々にも届いてほしい一冊だ。 前のページ12 最終更新:2020/03/12 17:15 関連記事 『子育てとばして介護かよ』『親の介護をしないとダメですか?』:同居も無理もしない介護のリアルを描く『待ち遠しい』レビュー:世代も価値観も違う人たち「普通」の衝突と、なにげなく再生される関係を丁寧に描く暴食の醍醐味、硬い食べ物への偏愛……“おいしい”だけじゃない食べ物の魅力をつづった『わるい食べ物』『バレエで世界に挑んだ男』他国からの偏見や文化を軽んじる日本の傲慢さと戦った佐々木忠次ピンとこなかった海外、「裏日本」に心酔――旅する人の“視座”を感じる旅行記3冊 次の記事 なにわ男子、番組タッフを牽制か? >