カルチャー
法医解剖医・西尾元氏インタビュー

『女性の死に方』に反映される社会情勢――DVによる死後ミイラ化した女性、家族への「迷惑」を恐れる自死

2020/02/06 18:00
千吉良美樹

 上記の例の中でも、筆者が特に考えさせられたのは、「親族の家に身を寄せていながら、孤立して亡くなった高齢女性」にまつわるエピソードだ。82歳の森川富江さん(仮名)さんは、その日の朝、家族と暮らしていたマンションの自室のベッドの上で、息を引き取っていた。救急隊員に連絡をしたのは、同居していた家族だ。その場では死因がわからなかったため、西尾教授のもとに運ばれ、解剖となった。しかし、西尾教授はある異変に気づく。首のあたりに、紐か何かで絞められた痕が残っていたのだ。以下、本書より抜粋する。

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 遺体を間近で見てみると、頸部、首のあたりに赤褐色になっている箇所があった。私の頭の中に小さな疑問が生まれた。

「なぜ、ここが変色しているのだろう」  

何者かによって、森川さんは首を絞められた可能性が出てきた。日本における殺害方法でもっとも多いのは、頸部の圧迫、つまり「絞殺」だ。頸部を数分間圧迫すれば、心臓から脳への血液の流れが止まってしまう。血が回らなくなれば酸素も行き届かなくなるため、窒息死することになる。

 窒息死と診断するためにはその痕跡を見つけることが重要だ。ロープで首を絞められて亡くなった遺体には、ロープの縄目の形がくっきりと残る。森川さんの場合は、圧迫されたことが疑われる部分に、赤褐色の変色が現れていた。

 そして、窒息死すると顔に「うっ血」が現れる。うっ血とは、圧迫された場所で静脈に流れていた血液が滞り、皮膚の表面にその血液の色が浮かび上がってくる状態を指す。頸部には、心臓から脳へ血液を送る動脈と、脳の血液を心臓へと戻す静脈とが並んで走っている。静脈の壁はペラペラで薄く、圧迫されるとすぐに血液の流れが止まってしまう一方、動脈の壁は厚く、少しの圧迫程度では血液の流れが止まるようなことはない。動脈を流れる血液により、窒息死した遺体は圧迫された箇所から頭側にかけて皮膚が赤くなる。そのため、首を絞めて殺されれば、通常、遺体の顔は赤く見える。

 だが、森川さんの頸部には部分的な変色は認められたものの、顔にうっ血はなかった。首を絞めるために使った紐などの痕はもちろんない。首を絞められたかどうか、首に残された赤褐色の変色だけでは決め手に欠けた。

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